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 うわ、……。  俺と和彦の噂ってそんなに広まってんの……?  まかり間違って友達以上に見えないように気を付けてたつもりだけど、今まで孤立してた和彦の隣に何の接点も無さそうな俺が急に居たらそりゃ……噂にもなるか。  和彦、どう言い訳するんだろ。  まさかハッキリ肯定するんじゃないだろうな。  まだ俺には、山本以外にカミングアウトする勇気なんてないよ……?  しかも、どれだけ広まってんのか分からないその噂が本当だったと知られたら、俺にも和彦にも不利益しかもたらさない。  俺が地元でひた隠しにしてきた性趣向は、世間では否定的にしか捉えてもらえないとてもデリケートな問題だ。  ここでもまた「噂」というワードに振り回されそうな気配に別の緊張が走った俺は、壁に手を付いて和彦の返答に全神経を尖らせる。 『──さぁ、どうでしょう。 僕には友人と呼べる方が居ませんでしたので、友情の距離感が分からない、とだけ言っておきましょうか』  ───あ、……。  ……濁して、くれた……。  既成事実があるか無いかはあやふやに、占部相手に棘のある言い方をした和彦は、まさに彼らしくない。  それだけムカついてるんだ。  俺との噂など占部には関係ないし、教える義理もない。 なぜそれについてをわざわざ語らなければならないのか。  友達だと思っていた占部に対して和彦が言った台詞、そして優しくない声が、完璧なまでに占部を突き放していた。  情などかけない。  かけたくない。  らしくない和彦の表情は今きっと、絶ち消えた信頼関係に絶望して冷たい微笑を浮かべている。  心の中で泣きながら、それはおくびにも出さないで。 『ハッ……なんだそれ。 いつまでも余裕ぶってんなよ。 不正疑惑の犯人がここに居るって連絡しといたから、あと数分もすれば警察が来る。 いつまでそうやってすかしてられるか見ものだな』  ───動揺してるくせに。  ここに独りでやって来た和彦がこれほどまでに冷静な意味も、占部の証拠を鼻で笑った真意も薄々勘付き始めてるだろうに、まだ強がっている。  そんなに自信があるのか。  和彦を犯人に仕立て上げた「証拠」に、俺達がまだ気付いていない見落とした何かが、まだあるって言いたいのか。 『…………そうですね。 警察だけではなく、占部さんのお父様も来られるのでしょう? 本当に……楽しみです』 『何言ってんだよ。 親父は関係ねぇよ。 てか、お前は雑だとか荒いとか言ってるけど、これは証拠としては充分なんだからな? 警察にこの書類と映像を提出したら、お前の父親諸とも終わりじゃん』  どんな図太いしてんだ、占部の奴! よくそんな嘘八百を並べ立てられるもんだよ……!  俺と和彦は、ほんの数時間前に悪巧み親子の会話をバッチリ見聞きして、それを録画にまで収めている。  提出する証拠としては和彦の持つカードの方が強いに決まってんじゃん。  なかなか萎れない占部の態度に、和彦がついに動いた。 『占部昭一の到着を待とうと思いましたが、遅いのでもうお見せしますね』 『……何をだよ』 『これです』 『………………』 『これが本当のデータ処理というものです。 あなた方は非常に呑気だ。 僕に改ざん後のデータを見せたという事は、 まったく疑いもせず順調に計画が進んでいると思っていたんですよね』 『こ、これは……っ』 『……あ、お父さん。 どうぞ』  和彦はいよいよ、少額不正を明らかにするデータ改ざん前の書類を占部に見せた。  そして───。 『……っ!』  俺が録音した、占部昭一と経理課の課長のやり取りが放送機器を使って社内全体に流れ始めた。  友彦お父さんに連携を頼み、恐らく社内のどこかに潜んでいそうな占部昭一にも「証拠」を聴かせてやるべく、ここまで用意した和彦の用意周到さには脱帽だ。  ほんの数分だけど、れっきとした悪事の証拠が計三回も繰り返し大音量で流されている。  俺の体にも無意識に力が入ったそこに、放送の音に紛れて営業二課に忍び込んできた者からトントンと肩を叩かれ、死ぬほど驚いた。 「七海くん……?」 「…………! 松田さんっ」 「どうしたの、その格好」  振り向くと、今にも吹き出しそうな松田さんが俺を見て笑っていた。  その背後には知らない女性が二人居て、例のセクハラ被害に遭った人達だとすぐに理解する。  女性に興味のない俺でも分かった。  占部昭一は、生意気な事にかなりの面食いだ。  ……って、そんな事よりこの格好の弁解が先だよな。 これからも松田さんには仕事でお世話になるのに、好きでやってると思われたらめちゃくちゃ恥ずかしい。 「え、あ、あの、っ……これは決して俺の趣味とかじゃなくて、潜入捜査のためで……!」 「シーッ、向こうに聞こえちゃうよ」 「一課の方で喋ってるのが社長の息子さん?」 「は、はい、そうです。 対決の真っ最中で……」  見ず知らずの女性から問われた俺は、録音音源が止まった事でヒソヒソ声に戻し、頷く。  女性二人と松田さんは途端に眉を潜め、占部昭一のえげつないもう一つの真実に驚愕しているように見えた。 「いま流れてた音声、私達もバッチリ聞いたよ」 「驚いたよね。 あのたぬき親父、セクハラだけじゃなくて不正までしてたんだ」 「セクハラの被害って私達以外にも相当数居るよ。 ここまで明るみに出たのなら、今まで部長からの報復が怖くて泣き寝入りしてた子達も協力してくれるはず」 「ほんとですか。 ……その勇気に感謝します、……と、社長の息子さんなら言うと思います。 ちなみに息子さんの名前は……」 「佐倉和彦、でしょ」 「し、知ってたんですか」 「もちろんよ。 高学歴、高身長、容姿端麗、将来も安泰……となれば女子社員は放っておかないわよね」 「姿は見た事ないけど、噂ならたくさん聞くもんね」 「…………噂、?」  また、「噂」……。  少々うんざりなワードに脱力しかけた俺だったが、それでも和彦に関する噂ならちょっと興味があるかも……なんて、恋愛脳が刺激されてつい身を乗り出してしまった。

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