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30,スノーモービル

 ユーマニオンチームの撮影隊は、スキー場に続く斜面にベースキャンプを置き、撮影を開始した。この辺りは一般の人は入れないエリアになっていて、今日明日はじっくりカメラを回すことができる。監督がそう話していた。  そして今、真っ白な景色を背景に、撮影は順調に進んでいる。 「こちら側空けてください、スノーモービルの通り道になりますから!」  雪の上にロープを張りながら、助監督が指示を出す。 (そうか、次はいよいよスノーモービルのシーンか)  ここへ到着してすぐインストラクターについてスノーモービルの操縦を習った俺は、そばへ行って撮影用の機体を確かめた。  このシーンは高速移動で逃げる怪人を、スバルがこれに乗って追いかけるといった内容だ。実際は、逃げる怪人と追うスノーモービルとは別撮りで、俺は怪人を追いかけているつもりで機体を走らせることになる。  走行中の様子を撮るのは、機体の前に取り付けられた小型カメラだ。 「……降ってきたな」  近くにいた羽田さんが灰色の空を見上げる。  俺もつられて上を向くと、冷えた頬を粉雪が滑り下りた。  いつの間にか気温も下がり始めている。ここに着いた時にはかろうじて零度を上回っていた気温が、そこから2、3度下がっているかもしれない。 「一月、大丈夫なのか?」  羽田さんがそっと聞いてくる。 「なんのことですか?」 「それの運転だよ。雪も降ってきたし、慣れてないやつが無理して事故ると目も当てられない」 「大丈夫です、ちゃんと練習しました」  胸を張って答えた。  ちなみにスノーモービルは普通免許で運転できるし、そもそもここは公道じゃないから免許すらも要らない。さっきレクチャーしてくれたインストラクターがそう言っていた。 「練習っつっても1時間くらいだろ」  羽田さんが小さく肩をすくめた。それくらいじゃ全然、とでも言いたげだ。 「念のため監督に話をしよう」 「話って……話したらどうなるんですか?」 「天気の回復を待つことになるか、もしくはお前の代わりに俺が乗る」  彼はさも当然のように答えた。 「なんで羽田さんが……」 「なんでって、変身してからスノーモービルに乗っても不自然じゃないだろ。俺はお前より、それの扱いに慣れてるし」 (そうかもしれないけど……)  せっかく小型カメラで走行中の顔を撮るんだから、ここは素顔の方が臨場感があっていいはずだ。  それに何より、自分の仕事を羽田さんに取られるみたいで嫌だった。 「必要ありません。羽田さんのスタントも、監督への相談も」  そう言って突っぱねると、彼に呆れ顔をされる。 「最近の若者は知らんのかもしれないが、〝ほうれんそう〟って言葉があってだな」 「それくらい知ってますよ……」  子供扱いされたみたいでムッとする。 「すみません。そろそろ演技に集中したいんで、ほっといてください」  そんな俺の言葉に、羽田さんは不満そうな顔をしてみせた。 *  そうこうしているうちに準備が整い、スノーモービルのシーンのリハーサルが始まる。  さっきまでの粉雪が、いつの間にか大粒の雪に変わっていた。監督が問題ないと判断したなら大丈夫なんだろうけれど、わずかな不安が胸に渦巻いた。 「じゃ、行こうかスバルくん!」  監督の合図で俺は駆けだし、停めてある撮影用の機体に飛び乗る。エンジンをかけ急発進させると、スノーモービルは雪の上を跳ねるように進み始めた。  振動で尻が勢いよく跳ね上がる。グローブ越しに、俺はハンドルを強く握った。 (敵は――)  現実にはいないはずの怪人を、スバルの目が雪の向こうに捉える。 『そこか……!』  逃がすまいとスノーモービルの速度を上げた。前からの雪が頬を打つ。  大きな雪粒がまつげに引っかかり、風圧で後ろへ飛ばされていった。  カメラを構えるクルーの脇を、一瞬で通り過ぎる。そして俺は怪人に追いついた。 (よし!)  ピョンピョンと雪の上を跳びはねる怪人と、平行してスノーモービルを走らせる。抜きつ抜かれつ、カーチェイスさながらの激走を演じたあと――。  ここまで来るようにと、あらかじめ指示されていた緑の旗が見えてきた。  ところが――。 (え……?)  ブレーキレバーを握っても、スノーモービルは減速しなかった。 (どうして――……)  走る機体に目を落とし、パニックになりかける。  落ち着け。練習の時はできていた。ブレーキ操作に間違いはない。  となると問題は、この機体だ。  練習の時に乗ったのと、撮影用の機体は同じ機種だが別のものだった。 (……っ、どうする!?)  前から林が迫ってくる。このまま木の幹にでも激突すれば怪我は免れない。  減速できないまま、俺はハンドルを強く切った。  振り落とされそうになる感覚が去り、俺は機体にしがみついたまま息をつく。  林への激突は一旦避けられたが、このままどこまで走っていけばいいのか。  雪のせいで視界が急激に悪くなっている。  撮影のゴール地点からはぐんぐん離れてしまい、周りに人の姿は見えなかった。  無人の銀世界に、たった1人投げ出されたような気分になる。焦りと不安でどうにかなりそうだ。 (飛び降りるしかないのか……)  その覚悟を決めた時。 「うわあぁっ!」  機体が大きくバウンドし、ハンドルから手が離れた――。

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