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花嫁の居ない結婚式
意外にも、結婚式をしようと言い出したのは、京だった。何ごとも真一主導で半ば強引にも進んできた関係だから、彼が驚いたのは言うまでもない。だが嬉しいかと問われれば、『結婚』という型に囚われない禁断の関係だからこそ燃え上がったのだとも思えるし、何だか複雑な心境だった。京は買ってきたゼクシィをソファに座ってパラパラめくりながら、声を弾ませる。
「真一、タキシードはやっぱり白だよな?」
「……お前は、ウェディングドレス着るのか?」
京は華奢に見えるが、実は着痩せして筋肉質の細マッチョなのを知る真一は、何だか気後れして呟く。途端、京は唇を尖らせた。
「まさか。真一は俺を、女性として見てるのか? 俺だって男なんだから、タキシードが着たいよ」
「そ、そうか。悪りぃ」
珍しく不機嫌な台詞に気圧されて、タジタジと真一は詫びたが、京は次の瞬間には悪戯っぽい光をはしばみ色の瞳に踊らせた。
「真一は派手なの好きなんだから、君がドレスを着れば良いんじゃないの?」
言いながら、自分で自分の台詞に笑ってしまっているところが、朗らかな京らしい。ゼクシィのドレス特集のページを指さして、鈴を転がすようにコロコロと噴き出した。
「ほら、これなんかどう? 君には、きっとこういうヴェールが映えると思うよ」
笑ってはいるが、口調は明らかにからかっている調子とも言えず、冗談半分本気半分に聞こえるところが恐ろしいと、真一は思う。顎髭を撫で付けながら、苦笑した。
「よせよ。髭の生えた花嫁なんか、ゾッとしねぇ」
「あっ!!」
「ん?」
京はまた、ゼクシィのページを指さした。
「これ見て! 二人だけのヴァレンタイン挙式、抽選募集中だって!」
「ん……近くだな」
「ダメ元で、応募しても良いか?」
そう言った京の目には、純粋な喜びがたたえられていた。一体何処まで本気やら、と思っていた真一だったが、これには折れて微笑んだ。
「ああ」
* * *
シェネルの『ベイビーアイラブユー』が、甘く流れ始めた。メンデルスゾーンの『結婚行進曲』なんかは、もう古いらしい。白いタキシードの彼が振り返って待つ先で、大きな扉が観音開きに開く。そこには、総レースのヴェールの尾を長く引いた花嫁が立っていて、一歩一歩近付いてくるのだった。ウエストを絞ったチェスターコートで一見ドレスに見えるが、足を運ぶとパンツが覗いて、それは最近出始めたパンツスタイルドレスというものだと分かる。牧師の前に二人並び、神の御前で結婚の誓いを立てた。
「では、誓いの口付けを」
彼はヴェールをそっとめくり上げ、厳かに優しく唇を押し当てた。
「綺麗だよ……真一」
「うるせぇ。綺麗言うな」
たまらず京は噴き出した。牧師も笑っている。タキシードなのは華奢な京で、パンツスタイルドレスなのは長身で厳つい真一なのだった。
「ドレスでも良かったのに」
「あーもうー。タキシードは譲っただろ!」
「うん。君は怒るけど……本当に綺麗なんだ」
京が言った通り、真一の輝くブロンドには、総レースのヴェールがゴージャスに映えていた。パンツのポケットに両手を突っ込んで、真一はニヒルに笑う。
「ひとつ貸しだからな。今晩、たっぷり返して貰う」
「ちょ……真一、場所考えて!」
「あー、ハイハイ」
バツが悪そうに京がチラと牧師を見たが、彼は笑みを絶やしてはいなかった。
「仲が悪いよりは良い方が、神様もお喜びでしょうな」
その言葉に二人は顔を見合わせて、邪気なく微笑み合った。今日からは、病める時も健やかなる時も、何もかも二人で。真一は、ステンドグラスの色を映して薔薇色の京の頬に、そっと触れる。
「幸せにしてやるよ」
「俺も、君をこの世で一番幸せな花嫁にするって誓う」
「うるへぇ。花嫁って言うな」
一番先に噴き出したのは、牧師だった。真一と京も続く。吹き抜けの天井に、荘厳なウェディングベルと無邪気な笑い声が、何処までも高く響いていった。
End.
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