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師畿の城、頼隆の元に、正確には直義宛の進物に添えられた形で七瀬の設楽輝信から進物が届いたのは如月の節分からしばらく経った後だった。
「鬼は払ったはずだがのぅ......」
ボヤきながら包みを開けた頼隆の目に入ったのは、大量のごつごつした褐色の塊、と『れしぴ』と書かれた書状、それと白い粉が三袋.....これは砂糖だった。
「なんだ、これは.....?」
「『ちょこれーと』とかいうらしい。舶来の貴重な品で、何やら如月の十四日にこれを作って慕う相手や日頃の感謝を示したい相手に贈る風習があるらしい」
直義はいささか白々しい口調で言った。実際の輝信からの書状には、―女子が惚れた男に贈るらしい―とあったが、下手なことを言って、また臍を曲げられては不味い。遠回しに強請る直義の視線に、頼隆は小さく溜め息をついた。
「食ってみたいのだな......」
目尻を下げて、―うん―と頷く直義に半ば呆れながら、仕方なしに屋敷の厨で『ちょこれーと』作りに挑戦する羽目になった。
さすがに禄に包丁を握ったことも無い頼隆に単独での挑戦は荷が重い。城の女主、絢姫に助けを乞うと、―お味見させてくださいね―との一言で快く受けてくれた。
「まずは、この茶色の塊を湯煎しなければなりませんねぇ.....」
「湯煎とはなんじゃ?」
「金の器に塊を入れて、外側から熱い湯を入れて溶かすのです」
二人並んで『れしぴ』を睨んでいると、ひょいと柾木が顔を覗かせた。
「大きめの釜に湯を沸かしておきました。鉄鍋を上から下げて、溶かされませよ」
「あら、気が利くこと......」
ぽん......と手を叩いて、いそいそと塊を鍋に運ぶ絢姫の後ろからしぶしぶと付いていく頼隆に、柾木が追い討ちをかけるように言った。
「砂糖と混ぜるための木杓子と、形を整える木匙も用意してございます」
「お前は、直義の為なら何でもしよるなぁ......」
呆れつつ、恨めしげに目線を投げる頼隆に、柾木はこれ以上無いほど胸を張って言った。
「当然でございます」
「まぁまぁ、良いではないですか。ささ、溶けて参りましたよ......」
きゃっきゃっと楽しそうな絢姫に気圧されながら、絢姫の指南するままに、木杓子で、『ちょこれーと』を掻き混ぜ、砂糖を加えて、また混ぜる。
「女子は、こういった事が好きなのか?」
絢姫は、汗ばみながら慣れぬ襷掛けで悪戦苦闘する頼隆をにこにこと見守っている、いつも沈んだふうな絢姫がはしゃいでいるのが、心なしか嬉しくもあった。
「えぇ、楽しゅうございましょう?」
「わからん.....」
絢姫に励まされながら、溶けた『ちょこれーと』を冷やしながら、木の匙で掬って丸めて、鋼の板の上に並べる。延々と丸め続けること一刻、ようやく鍋の底の一匙を残すまでになった。
「頑張られましたわね~」
絢姫が鍋の一匙を頼隆に差し出した。
「お味見をどうぞ」
絢姫に促されるままに、匙を口に運んだ。
「甘い......」
口の中で溶けるそれは、とても甘く、ほんの少し、ほろ苦かった。
「美味しゅうございましょう?殿もきっとお喜びになりますよ」
「そうかのぅ......」
疲れにやや仏頂面ではあるものの、その口許が綻んでいたのは、『ちょこれーと』のせいだけではないことを、穏やかな笑顔で絢姫は見守っていた。
「後は、しばし冷やして固めねば......」
鋼の板を木の蓋で覆って固まるのを待つ。如月の十四日は明日になっていた。
翌朝、絢姫が何処からか持ってきた綸子の端切れに、幾つかずつ懐紙に包んだそれをくるんで紐をかける。十ばかり出来たところで、作業は仕舞いとなった。
頼隆は、柚葉を呼び、四つばかり手渡して、佐喜の安能城に届けるよう命じた。
「兄上と秀隆と直隆に......長命の薬じゃとて、な。残るひとつはそなたの駄賃じゃ。戻ってから食え。但し、懐に入れると溶けるから、気をつけよ」
押し頂いて柚葉が去ると、再び柾木が顔を覗かせた。
「完成ですかな。......殿と設楽さまがお待ちかねですぞ」
「あ奴め、わざわざ師畿まで来おったのか......」
頼隆は呆れながら、傍らの袋をひとつ手に取ると柾木に手渡した。
「お前のぶんじゃ」
「はぁ?」
驚きながら、半ば唖然とする柾木に頼隆は少し唇を歪めて笑った。
「絢どのによれば、『ちょこれーと』なるものは長命の薬だそうだ。せいぜい身を養い、直義の守りにいそしんでくれ」
「は......」
ひどく恐縮する柾木に懐に入れぬよう釘を刺し、残りの袋のうち三つを絢姫に、残った二つを三方に乗せて、二人の待つ座敷に運ばせた。
「頼隆さまのぶんは?」
「これで良い」
絢姫が尋ねると、頼隆は傍らの形が今ひとつだったものを入れた小鉢を指差した。
「これでも充分すぎるほど、ある」
絢姫に礼を言い、直義と輝信の待つ座敷に入ると、真ん中に三方が置かれ、二人が神妙にかしこまっていた。
「なんじゃ、食うておらなんだのか?」
頼隆が怪訝そうに言うと、柾木が苦笑いしつつ、言上した。
「頼隆さまの手ずからお渡しくだされませ」
「しょうもないのぅ......」
頼隆は、小さく溜め息をつき、二つの綸子の小袋をそれぞれに手渡した。
「厨になど初めて立ったわ。不味くても文句は言うなよ」
「いや。よう出来たのぅ......。有り難く頂こう」
輝信は袋ついでに頼隆の手を握った。が、瞬時に直義に睨み付けられ、肩をすくめた。
「じゃあ、俺はこれで去ぬるとしよう。......土御門の御大の茶請けに頃合いだからな......」
軽く片目を瞑って、さっさと座敷を出る後ろ姿に苦笑いしながら、直義は今ひとつの袋を袂にしまった。
「なんじゃ、食わぬのか?」
「後でゆっくり頂こう」
直義は、訝る頼隆をくいっと指先で招き、引き寄せた。
「まずは味見じゃ」
ぺろりと直隆の舌が頼隆の頬を舐めた。
「何をする...」
思わず後ずさろうとする背中を抱き寄せ、小さく笑いながら囁いた。
「頬についておったゆえな......うむ、旨いな」
「馬鹿......」
耳まで真っ赤になる頼隆とニンマリする直義のにやけ顔を眺める気もない柾木は無言でさっさと下がり、廊下の端で『ちょこれーと』をひとつ口に含んだ。
「うむ、甘いのぅ......」
その後、直義と頼隆が褥の中で口移しで『ちょこれーと』を啄みながら、もっと甘い夜を過ごしたことは言うまでもない......。
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