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男と男の勝負ですから

 最初は嫌いだったんだと思う。  勉強も運動もできるくせに、顔まで良くて腹が立った。  俺が勝っていたのは身長だけだったから、それに物言わせてがちんこ勝負を挑んだりしたけれど、結果は惨敗。 「昔空手やってたんだよ」  無様に這いつくばる俺を見下ろしながら爽やかに笑った姿に、殺意さえ抱いた。  そういうことは先に言っとけよ!  それでも気がついたらなんやかんやと親友とか呼ばれるようになっていて、それはそれでもう大満足ではあるんだけれど、俺は俺で納得できない感情がふつふつと湧き上がってきてしまった。  困った。  とても困った。  いろんな作戦を考えてみたけれど、俺の頭の限界なんてとうに知れていて、ろくなものが思い浮かばない。  だから俺は、俺らしく直球勝負で挑んでやることにした。  絶対負けねえ!  そう意気込んでみたものの、いざ本人を前にするとその勢いは急激に萎んでしまった。  とりあえず俺は、図書館のバーコードのついた文庫本を読んでいる翼に、そろそろと近づいてみた。  そしたら、 「なに遠慮してんの?」  と鼻で笑われて、悔しかったから隣の席から椅子をズズズっと引きずって、思いっきり近くに座ってやった。  肩が触れ合ってもドキドキするのは俺だけで、翼は相変わらず熱心に視線を上下させていて、俺はそれだけで、激しい敗北感に襲われてしまった。  でも、今回だけは絶対に負けねえ! 「(つばさ)ってさあ」 「んー?」 「好きなやつ、いんの?」 「いるよ、豊久(とよひさ)」 「へっ?」 「豊久はいるの?好きなひと」 「え、あ、うん、まあ」 「俺?」 「そう、だけど」 「ならよかった」  ほんと、よかったよな。  思わずそんな相槌を打ちかけて、そんな場合じゃないと気づいた。  一応これは勝負なわけで、勝敗をはっきりさせなきゃ終われない。 「ちょ、待てよ!そんだけか!?」 「じゃあ、キスでもしとく?」 「へっ?」 「両思い記念に」 「え、あ、うん」  頷いた俺に微笑みながら顔を近づけてきた翼はうっとりと目を細めていて、やけに色っぽかった。  最初からなんとなく覚悟はしていたけれど、これは俺の負けってことなんだろうな、と意識の奥の方で思った。  キスを受け入れる俺の唇は乾いていたはずなのに、翼の唾液に濡らされて潤いを取り戻しつつあった。  翼はまるで味わうようにゆっくりと俺との唇を楽しんでから、姿勢を元に戻した。 「やっぱ、ちょっとはずいね」  ですよね。  俺はちょっとどころじゃなくて、もう顔から火が出そうな勢いではずいですけどね。  いや、そうじゃなくて! 「なんでそんな余裕なんだよ!?」 「んー?知ってたから」 「え、うそっ」  翼はそのあとしばらくの時間をかけて、俺の気持ちに気付いた経緯を誇らしげに語った。  それによると、どうやら俺はけっこう顔に出やすいタイプらしい。  おまけに、俺からの告白をずっと待っていた、なんてかわいいことを言われて、俺の身体は収拾がつかないくらいの熱を持ち始めてしまった。  そして、俺はようやく心の底から悟ったんだ。 「完敗だ!」  ――と。  fin

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