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最終話 安逸

 翌朝。  大我は湯飲みに煎茶をいれ、縁側に向かう。  南方はすでにカーテンを開け放った縁側に座り、庭をながめて煎茶をすすっていた。  初冬の朝は日がさしても肌寒い、いつのまに上着が必要な季節になったのだろう。  南方は寒がる様子もなく、微笑んだ。 「おはよう」 「おはよ」  昨日意思が疎通したのち、冷めてしまった夕飯を普段通りにとって、普段通りに就寝した。  日をまたいでみると、南方が自分を好いてくれていることに実感がわかない。  大我は縁側のレースのカーテンをすべて閉め切って、南方の右肩に密着するように腰を下ろした。 「どうしたの?」 「ねぇ。これからはさ、好きだからギュってしてくれるんだよね」  南方は小さく吹き出してから、こたえてくれた。 「そうだね」 「キスしても、怒らないんだよね」 「怒らないよ」  言われて即座に大我は南方を見つめ、少し様子を見てから口づけた。  唇を離すと、南方の表情に照れているのかと聞きそうになったが、我慢した。  怒られなかったことが嬉しい。  別の大事なことも、この機会に聞いておこう。 「みなちゃんさ、俺のこと抱いてくれたりとか、するのかな」  さすがに南方は、照れた上に困った顔をして考え込んだ。  しかし問いを流さず、返事をしてくれた。 「それは、きみのほうがおとなな気がして、ちょっと気後れするんだけど」 「俺、おとなに見える?」  意地悪をするように南方の顔をのぞき込むと、南方は首をかしげ冗談めかしてほほ笑んだ。 「見えない、かな」 「じゃあちょうどいいね」  抱いてもらえるよう説得する必要もない、今の状態でも満足だ。  かたわらに置いた湯飲みに手を伸ばし一服すると、南方も同様に口にした。  その姿が、また好きだと思う。 「みなちゃん、縁側でお茶飲んでるの似合うよね」 「年寄りくさいでしょう」 「ううん。見てるこっちも落ち着くし、俺もこういうの、好きだよ」  また一口煎茶をすすり、湯飲みを床に置く。  南方も湯飲みを置いて、静かに言った。 「そうだね。好きなの、わかるな」 「意外だって、言わないんだ」 「うん、白石のこと、わかってきたから」  理解してもらえている。  自分の中の自信のない部分も、南方は受け入れてくれている。  愛されたい気持ちも愛したい気持ちも、南方によって満たされる。 「施設に面接させて下さいって、今日電話してみるね」  なんのために生きているのか見失った気でいたが、今は目先の課題に全力を尽くすことが、最善だと思う。 「そう。背伸びしないで、今の自分を出せばいいからね。面接は難しいことを言うよりも、本当の気持ちを話したほうが伝わるから」  先を案じる必要はきっとない。  今まで通り尽力すればよいのだ。  間違っていれば、南方が教えてくれる。  疲弊していきづまることもきっとない、南方の存在自体が自分のやすらぎ。  南方を愛してよかった。  生まれてはじめて、心の底から安堵したのではないだろうか。  朝食の準備をしようと立ち上がる。  南方も湯飲みを二つ手にして立ち上がると、おだやかな表情でこちらを見てから台所へと足を向ける。  その背中を追うと、瞳にかすかに涙がにじんだ。  長らく自分につきまとっていた解消できない漠然とした不安。  そのすべてが身体の内から立ち消えたのだと、大我は自覚した。 了

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