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第4話 α、β、Ω の僕 1
久しぶりすぎる外出、俺は綾木の背中に隠れるようにして歩く。
そんな俺に綾木は容赦のないツッコミを入れてくる。
「お前マジでどうしちゃった? あんなに堂々と肩で風切って廊下歩いてたのが・・・別人みてぇ」
うるさい。
家に居たら絶対に感じることの無い空気、肌に当たる太陽光、嫌でも耳に入ってくる雑踏・・・。
綾木のツッコミより煩く感じる。
俺は思わず綾木のトップスの裾を握り締める。
「・・・なんつーか、うーん・・・。長い事会わないうちに、庇護欲つつくような大人になったよな。茜って」
「な、なんか言ったか!?」
「んー? イヤ、αのくせにかわいーなって言っただけ」
「かかかっかわいいだとっ!? おお俺はずっと引きこもってたから外が久しぶりでちょっとアレなだけだ!」
「はは、そーなんだ」
やめろやめろ!気持ち悪い!かわいいなんて言われて喜ぶαがいると思ってんのか!
けれど綾木に「かわいい」と言われて胸が擽ったく感じてしまうのはきっと、俺が紛れもなくΩであったという名残だろう。
かわいい、なんて言われたのは、子供の頃以来だ。小さな頃はそう言われるのが嬉しかった。Ωにとって「かわいい」「美しい」は男であっても褒め言葉だ。自分を可愛らしく見せることが本能として備わっていた。
しかし、αを演じるためにその本能を押し殺し、俺は自分を恰好良く完璧に見せることに尽くした。
周囲に「カッコイイ」「男らしい」「パーフェクト」と言われたかった。
それなのに!なぜ!今更!綾木の「かわいい」にドキドキしてしまうんだ!
俺はαじゃないけど、もうΩでもない。βだ。
βの男に対しても「かわいい」は褒め言葉という事か。
胸の高鳴りに動揺しながらもスーパーマーケットで食材選びを綾木にまかせ購入し、自宅のあるマンションの近くまで帰って来る。
・・・が、さっきから体がおかしい。
綾木に「かわいい」と言われてから、なんか変だ。
動悸がするし、顔が熱くて指先が震える。暑い時期でもないのに歩いてるだけで汗が止まらない。
「茜? 疲れた?」
異変に気付いた綾木が頭を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
綾木と目が合って、動悸は更に激しくなった。
・・・・・・まさか。
・・・いや、違う。そんなはずない。俺はもうΩじゃない。
万が一 Ωのままだったとしても、発情期はまだ先だ。
なのに、これは
「・・・これ、Ωの匂い・・・」
綾木の呟きに、心臓が止まりそうになる。
マズイ。非常に。
「あ、やき、違・・・」
「お前、この匂いに当てられてんの?」
「えっ!?」
こいつ、匂いの発生源が俺だと気付いてない・・・?
「近くにいんのかな、発情期のΩ。大丈夫か?」
良かった。綾木は鈍いようだ。
このまま少し休めばどうにかなる。・・・はず。
「だいじょぶ、だ。悪い。少し休めば・・・」
「ん」
俺の前で、背を向けた綾木が片膝を地面に着いてしゃがむ。
「なんだ?」
「なんだ・・・って何だよニブちんか。おぶってやるって言ってんの」
「おぶっ!? イヤ、いい! 大丈夫だ!」
30にもなっておんぶされるなんて小っ恥ずかしくてできるはずないだろぉ!
ブンブンと両手を振って全力で拒否する俺。
「つってもなぁ。このΩの匂いどんどん濃くなってんぞ。このままじゃお前、強制ヒートんなんだろ。いいから早く乗れ。・・・俺ら以外αは近くにいないみてぇだけど、厄介な争いごとに巻き込まれたくねーしな」
綾木は周囲を行き交う人の様子に目を向け溜息を吐いた。
厄介な争い。そうだ。
もし周りに綾木以外のαがいたとしたら、今の俺の匂いはきっと撒き餌にしかならないだろう。
それだけは勘弁だ。
「ホラ 、早く乗れ」
振り返って見上げてくる綾木の男らしさに、またドクンと大きく脈打つ心臓。
「じゃあ、よろしくオネガイシマス・・・」
震える手を綾木の肩へと伸ばす。
体を預けた綾木の背中は広くてガッシリとしていて頼もしい。
買い物袋を両手に持ったまま俺を背負ってくれる優しさにトキメ・・・
・・・いてどうする!!
俺は女性と恋をして愛を知って結婚したいんだ!
晴れてβになれたのに、(学生時代の)俺にも劣るαのこいつに惹かれてどうするんだ!
これは、アレだ。Ωだった体が勘違いをしてるだけだ。葵以外のαに接することが長期間無かったから、体がアレなんだ。
腿を抱えてくれる綾木の腕に、顎をのせた肩に、頬に当たる髪やひんやりとした耳に、思わず感じてしまいそうになるのは・・・βになりたての俺の身体が誤作動しているだけだ。
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