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第1話

 前園 寿(まえぞのひさし)が、いなくなった。  ああ、まただ、と友利光一(ともり こういち)は、思う。  ただ、寿がいなくなることに気づく生徒は、おそらくこの教室で光一ひとり。  居ても居なくても目立たない、そんな寿を気にかけている人間は、光一しかいなかった。  光一が寿を気にかけるのには、訳がある。  以前、ちょいとからかってやろうと金をせびったことがあるのだ。 「なぁ、金貸してくれよ」  クラス一のワル・光一にこう切り出された人間は、一も二もなく金を出す。  だが、寿は違った。 「いつ、返してくれる?」  全くの素で、そう言い放った寿。  こいつはよほど肝が据わっているのか、それとも……。 (俺のこと、不良ってぇフィルターをかけねえで観てくれてるのか)  それは、ちょっぴり嬉しかった光一だった。  もちろん、金は翌日、返した。

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