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作為と予期せぬ再会と

 迎えに来てくれた車二台の運転手は、山浦ともう一人の知らない女性だった。水上の幼馴染みだというロングヘアのハキハキした浅尾と、同じくロングヘアをお嬢様っぽくバレッタで留めている小柄な三村で、二人は短大が同じなのだという。  水上も居たけれど、珍しくどちらともあまり喋らず、車の中でも殆ど山浦と喋っていた。健吾は浅尾の方に乗せてもらっているのでどうしているのだろうと気になったけれど、テニスコートでもずっと三村が話し掛けていて、ああとなんとなく納得した。  浅尾はその様子を満足気に見守っているし、水上はいつもより素っ気無い態度に見える。  ああそうか、そういうことなんだ。  離れた場所から眺めながら、ダブルスでは浅尾と組まされてもうまくいく筈がなかった。  無難な感じにきちんと打ち返す浅尾の邪魔にならないように後ろで零れ球を拾うことに集中している間に時間が過ぎ、ファミレスで食事をという時にはぐったり疲れ切っていた。 「そうそう、バイトで行ったらゆっこが居るからびっくりして」  小中が同じだったという浅尾は、自分と水上の再会話をし、それに大袈裟に山浦が相槌を打ち、当の水上は「そうそう、そうだったよね」などと最低限の相槌。顔は微笑を浮かべているが、顔色を窺うのが常になっている孝也には、初めて目にする不機嫌さだった。浅尾もだが、三村を良く思っていないのは歴然としている。それは、健吾が絡んでいるからなのか関係ないのかまでは解らないけれど。 「ちょっと山ちゃん」  水上が席を外した隙に、孝也はそっと山浦の腕を引いた。 「なにこれ、合コンとかじゃなくてつまり健吾とあの三村さんくっ付けようとしてんの」  最近肌が荒れ気味の山浦は、きょとんと目を丸くして、それから孝也の方を向いてにんまりと細い目を更に細めた。 「さっすが吉木。うっちーは気付いてないよな。三村さんが前にどっかでうっちー見掛けて一目惚れしたらしくてさ、俺、浅尾さんに頼まれてセッティングしてんの」 「それって一人でもライバル減らしたいだけなんじゃ」 「ははっ、やっぱ吉木は察しがいいねえ。これで女なら即行ものにするのに」  ぐりぐりと頭を撫でられ、冗談半分で唇を尖らせてちゅーと突き出される。さすがとか察しが良いとか心にも無い煽て方をするのに辟易する。「あほか」と腹を殴ってやったら「俺だって男はいらねえよ」と笑われた。  山浦は、自分の圏外の女性と友達が付き合うのを積極的にお膳立てする癖がある。つまり本命の周りをうろついて欲しくないのだ。  気持ちは解るけど、遣り方が汚いったらない。  そりゃあ水上さんと健吾が約束してるなんて知らないんだろうケド。と孝也はなんとも言えない気持ちになる。  席に戻って来た水上はやはり不機嫌なままで、この後カラオケに行こうと音頭を取る山浦に「俺だけどっか官舎に辿り着ける場所で降ろして」とこっそり頼んだ。  私鉄の駅近くで停車させた山浦に、水上は驚いていたが、「ちょっとこの近くに行きたいトコあるから」と大嘘を付いて二人を見送った。  山浦は水上のことも結構気に入っているというかあっちが駄目だったらこっちに行こうという感じでキープしようとそれっぽい秋波を送っているから、孝也のお願いにも嫌な顔一つせず、ついでに詮索もしなかった。  落ち合う場所は決めてあるから、浅尾の車はとうに見えなくなっている。それとももしかしたらあっちはあっちで何か画策して二人きりにさせようとしているかもしれない。  鬱々としそうな憶測を掻き消そうと、孝也はそのまま無人の駅の高架を上った。  切符を買うのが正式だが、無人駅から乗れば現金支払いも可能なワンマンの電車。通勤通学の時間帯以外は一両でのんびり走っているのが印象的で、いつか乗ってみたいと思っていた。  もしも、今日あの三村という女性と健吾が上手くいくようなら。  広告の入ったベンチに腰掛けて空を仰いだ。  テニスをしていた時には抜けるくらいの青空だったのに、もうすぐ梅雨に入るんですよと思い出させるかのような濃い色の雲が広がっていた。  ラケットを車の中に忘れたことを思い出したけれど、もうあれを握る機会もないかもしれないなと、なんとなく思った。  嫌いじゃないけれど、一人で続けるほどには好きじゃない。  同じように、嫌いじゃないけれど、それは彼女がいないから代用で自分を抱いているんじゃないかと、健吾のことを想う。  三村は、孝也と並んでも頭半分差が付く可愛らしいタイプの人だ。健吾のタイプが水上のような美人系だったとしても、あれだけ熱心にアプローチされればグラッと来るだろう。 「どうしよっかな」  誰も聞いていない呟きを更に掻き消そうとするかのように、頭上からぽつんと涙が零れ落ちてきた。  私鉄の駅から屋根続きのデパートへと逃げ込んだは良いものの、土砂降りに変わってしまった雨足は弱まる気配もなく。孝也はしばらくは風除室近辺で外を眺めていたが、どうせ帰っても暇だからとレコードショップのある階に上がって行った。  一通り興味のあるところを眺めて、ついでに書店に行ってなんとなく国家三種のテキストを手にとってパラパラと捲ってみた。  高校卒業程度の学力といわれても、はっきりいって孝也の通っていた学校でこんなの習ったっけというレベルの問題が並んでいる。  配達から窓口に職種変更するとなればこの資格を取らねばならない。新卒なら卒業後二年以内と決まっているが、内部受験ならばたしかそれより緩かった筈と記憶の糸を手繰りながらも、当たっても砕けて終わりだろうと嘆息してしまう。 「よしき」  柔らかく呼ばれて、その近さに驚いて振り向くと、肩越しに片山が微笑んでいた。  呼吸すら忘れて瞬きする。幻かと思った。  昨晩思い出して、楽しかった頃の回想をしてしまったから、懐かしさと寂しさが作り出した幻聴と幻影かと目を擦りながら呼吸を整える。 「どうかした?」  伸びかけの前髪が揺れて、更に一歩寄った片山が孝也の目を覗き込んだ。 「や、あの、ひ、久し振り(かた)さん」  どもりながらテキストを閉じるのを見て、片山は隣に並んだ。健吾より低いけれど、孝也より少し高い。見上げなくても会話出来る、なんとなく安心する身長差に、力んでいた肩が下りた。 「職場は一緒なのに、あんまり会えないもんな。俺の配達区変わったからか」  元々会合以外に官舎で会うことはなかったから、そうかもねと孝也は曖昧に頷き苦笑する。会わない、という事実ではなく、会えない、という言い方が、今はなんだか気に掛かった。  だからなのか、棚に戻すその手の動きを追っていた片山が、「俺も受けるんだ」と言ったとき、必要以上に目を見開いて、まじまじと片山を見詰めてしまった。 「職種変更したいの?」 「だって給料少ないから大変だろ。頑張って節約して官舎出たけどさ、基本的な家賃が高いからさ、アパートって」  ふうんと鼻を鳴らしてもう一度テキストに指を掛ける孝也を、片山は不思議そうに眺めている。 「吉木もそうなんじゃないのか」 「ううん、雨宿りのついでになんとなく。ちょっとはそんな風に考えたけどさ、中見てびっくりだよ。全然わかんねえ」  自嘲する孝也の横から、片山の手が伸びる。  これ、と差し出されたテキストを思わず受け取って目を白黒させていると、ふんわりと片山は笑った。 「こっちんが解り易い。受けるだけでも受けないか? んで、良かったら一緒に勉強しよう。適性検査とか、競争相手が居た方がタイム縮まるかも」  なんとなく「いいなあ」と思っていてでも腰が引けていたことも、片山の口から出た途端に現実味を帯びてくるから不思議だ。  人口密集地でないと、職員の人数は多くなくて良い。けれど過疎の山間地に行きたがる人もいないから、孝也の実家周辺には年配の局員ばかりしか居ないのだ。全員が顔馴染みのご近所さん。それならば、山浦たちのような巧みな話術がなくてもなんとかやっていけそうな気もする。配達と営業と生存確認が仕事。  いいかもしれない。  窓口業務はサービス業で、各種取り扱いだけでも多忙を極めるためノルマまで上乗せされて気力体力が必要だ。だから気後れしていたけれど、別にここいら辺のような街中じゃなくてもいい。今は転勤のない環境だが、職種変更の際に最初の勤務地域の希望も出せるから、田舎にすればいい。  戸惑い揺れていた視線が片山の顔に戻ると、待っていたように頷かれる。一人きりならば、もっと迷ったかもしれない。けれど、自分だけじゃないなら、やれるかもしれないと、本気で勉強してみようかという気になった。  試験は秋だから、今からだと詰め込みになる。だけど、気詰まりなだけの遊びや会合に参加するより余程有意義な気がした。  翌日、直属の上司に相談すると「今からか」と呆れられた。もう願書の締め切りまで一ヶ月しかない。取り敢えずそれは提出して頑張りますとしか言えなかった。

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