夏が近い夕暮れ特有の気温と湿気を感じていた。その中を吹き抜けた風がレフラの髪を揺らしていく。 これ以上は何も言うつもりは無いのかもしれない。 表情の見えない顔を真っ直ぐレフラへ向けたまま、イシュカはずっと黙っていた。 言葉の意図を聞きたかった。でも聞いたところでこの異母兄弟が答えてくれるとは思えない。最後の一歩が踏み出せないような質問が、レフラの喉に張り付いていた。 「イシュカもレフラも早く戻るぞ」 いつの間にか歩き出していたサンジャスの声が、沈黙を保っていた二人の間に届いてくる。 レフラが呼びかけに応える前に、イシュカがレフラの横をすり抜ける。そのままサンジャスと並んで歩き始めた姿をレフラは見送るしかなかった。 あまりに呆気ない状況だった。もしかしたらイシュカもこの空気を打ち破るタイミングを測っていたのかもしれない。一瞬そんな事を思い浮かべて、あり得ないかと苦笑する。 いつの頃からか、イシュカはレフラの事が嫌いなのだ。そんな嫌いな相手を前に、タイミングの為に黙って耐えるようなタイプではない。今もサンジャスの声を切っ掛けに、ただレフラへの興味を失っただけの事だろう。 「はぁーーー」 溜息を一つ吐いて、レフラも遅れながら二人の後ろを歩き始めた。 交わされている会話が、レフラの位置からも何となく聞こえてくる。明日の猟と、今年の収穫について。どちらもレフラが会話に混ざる事が出来ない話題だった。 イシュカはともかくサンジャスも、レフラが会話に参加するとは元々思ってもいないようだった。レフラはただ黙って後をついて行く。暗鬱とした気持ちになりながらも、村までは一本道なのだ。心を無にしながら前へと進んでいる内に見覚えのある建物へとたどり着く。 「あと30分程度では夕餉だからな、遅れるな」 そう言って別れる瞬間だけが、レフラへの言葉だった。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 和気藹々とは程遠い夕餉だった。誰かと特別会話を交わした訳で無い。それでも誰かの食べている姿を見ながら、食事を摂る事はそれなりに楽しかった。 族長である父、レグシスより声を掛けられたのは、そんな時間の直後だった。 「レフラ、ギガイ様がポラトフの谷へ近々向かわれるそうだ」 「ポラトフの谷！？なんでそんな所に！？」 聞き間違いではないかと思う谷の名前だ。思わず聞き返そうとしたレフラよりも先に、イシュカの声が被さった。一度踏み込めば生きては帰れないと言われているような場所なのだ。そんな場所へ向かうなど聞けば、イシュカのような反応が普通だろう。だが、この場所で状況を掴めていないのはレフラとイシュカの二人だけなのか。レグシスを含め、他の重鎮達は違っていた。 「ついに」 「いやいや、思った以上に早すぎる」 口々にそんな事を言いながらも至って平常のままなのだ。レフラは訝しむように眉を寄せた。