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第82 跳び族での日々 7
レフラは数日前から感じる不快な感覚に眉を顰めて息を吐いた。
お腹とも違う場所が疼くように痛んでいる。ヘソよりもだいぶ下の身体の奥。今まで経験した事がないような場所への痛みにレフラは小首を傾げた。
痛み始めたのは数週間前。ちょうど夕餉を父やイシュカと共にした日の夜からだ。初めは何か悪い物を食べたのかもしれないと、思ってレフラもあまり気にしてはいなかった。だがそれも日ごとに痛みを増しながら、これだけ長い期間となれば話しは変わってくる。
この間にそっと伺っていたイシュカの様子には、特に変わりは見られなかった。
「万が一って事もあるからな」
気が付かない内に厄介な病気にでもなっていたら問題になってしまう。レフラは重くなる気持ちを抑えて医癒者の所を訪れた。
「この匂いは…?」
小屋の入り口を潜った所で鼻腔を刺激した鉄の匂い。むせ返るような匂いの濃さから、かなりの出血を伴った怪我だという事が分かる。
奥の部屋に足を進めたレフラの前に、数人の村人と寝台に横たわるイシュカの姿があった。
施術は全て終わっているのだろう。白い包帯をグルグルと巻かれている、イシュカの姿は痛々しい。
「どうしたんだ?」
「あぁ、レフラか。狩りの途中で厄介な魔種に遭遇しちまってな…。どうにか皆で討伐はしたんだが、イシュカが怪我をしちまって……。今が狩りの盛期だというのに」
「シャガト!!余計な事を言うな!!」
怪我人とは思えない張りのある声でイシュカが会話を遮った。
「レフラ、これは俺たちの問題だ。お前が気にする事じゃない」
身体を無理に引き起こしてレフラを睨み付ける眼差しは仲間を見るような目ではない。『俺たちの問題』という言葉やその目が、よそ者は引っ込んでいろと言っていた。
(お前にとってはこの村を出て行く者は、村の一員でもないって事なのか!?)
レフラだって出て行きたくて出て行くわけではない。御饌として黒族へ嫁ぐ為に出て行くのだ。村の為に。こんな定めさえなければ、レフラだってこの村で貧しいながらも穏やかに暮らしていけた。イシュカのように矜持を持っていられたのだ。
カッと身体が熱くなり、怒りで身体が震えそうだった。ふざけるな、と感情のままに怒鳴りつけようとする自分をどうにか拳を握って押し殺す。その横で大声で会話を遮られたシャガトが「でも」と呟いた。
「そうだな。俺たちで解決しなきゃいけねぇもんな。愚痴っちまってすまなかったな」
いままでろくに会話をした事はなかったが、イシュカの傍に居たこの男を遠くから何度も見かけていた。豪胆で人の良さそうな男だった。苦笑を伴った表情からも男のそういった性質は伝わった。その分だけ、告げられた言葉はレフラの心を折るには十分だった。
(また『俺たち』だ……)
物理的にも意識の上でも仲間として彼らの中に入る事ができない自分は、それじゃあ一体何なのか。
(御饌として嫁ぐだけの存在……。あぁ、そうか……)
恩恵を受けるために捧げられる物を、人は供物と呼ぶのだから。この身は供物という事なのだろう。鼻の奥に走った痛みをごまかしながら、レフラは彼らに背を向けた。
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