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第174 誤りを正して 7

久しぶりの外だった。 ずっと宮に詰めていたギガイに抱えられながら初めて踏み入れたこの場所は、黒族の民には奥の間と呼ばれるプライベートな場所らしい。 宮の中からここへたどり着くまでに、長い通路を進んできた。その間にさんざん見かけた頭を下げた臣下の姿もここではほとんど見られない。レフラはいつものように自分を抱えて進んでいくギガイの顔をチラッと眺めた。 途中でどこに向かっているのか聞いてみた。だけど返ってきたのは「上の館だ」という言葉だけで、それ以上は何も告げる気はないようなのだ。 治療後の寝台で感情のままにグズった時から、輪をかけて多忙になったギガイとはまともに会話もできていない。 ただその間もずっと宮に詰めて、レフラの姿が見える所にギガイは居た。そんな所で執務を続けるのは、レフラの不安を癒すためなのか、また逃げ出すことを警戒されてのことなのかは分からなかった。 監視されているのだとしても、それだけのことをやってしまった後なのだ。レフラは何も聞けないまま黙ってその状況を受け入れていた。 ギガイが再び大きな扉を押し開く。とたんに自然が溢れた光景が広がり、レフラは思わず息を飲んだ。 ここもまた御饌のための宮のように、区切られたプライベートな場所なのかもしれない。 ただ庭園というには自然の森林に近い姿で、かろうじて歩道らしい場所が設けられているだけだった。 「ここは……?」 「歴代の族長とその番を(まつ)っている場所だ」 「綺麗な場所ですね。静寂と穏やかさがあって…」 番という言葉にしぶとく疼いた心に蓋をして、レフラがその景色を見回した。 「そうだな」 端的に返事をしたギガイが、腕の中からレフラの身体を解放する。ただの散歩ではなくハッキリとした目的地でもあるのだろう。レフラの背に手を添えて森林の中を進む足取りに迷いはないようだった。 「キズは痛くないか?」 大きな掌がレフラの頭を撫でてきた。久しぶりのゆっくりとした時間にレフラの胸が熱くなる。 「はい、大丈夫です。もう10日も経ちますから、すっかり癒えておりますよ」 「そうか、ムリはするな」 安堵感が含まれた声と微笑に背を押されるように、レフラが意を決してギガイの方を仰ぎ見た。 「…ギガイ様…」 「何だ?」 「この度は逃げ出すようなことをして、申し訳ございませんでした」 逃げ出すようなマネはするな、とさんざん言われ続けていた。それなのにその約束を破ったあげく、大きな騒ぎさえ引き起こしてしまった。 どれだけ叱責されても仕方ない状況に関わらず、全く触れてくる様子がないのは傷が癒えるのを待っていてくれたのかもしれない。 先日の仕置きよりも辛いのだろうか。慄く心は自分の方からこの件を口に出させることを躊躇わせた。それでもこのまま黙っていることも苦しかった。 「逃げたのは、跳び族でのことを私が探ったせいか?」 「申し訳ございません。ただ1人になりたくて…本当に逃げるつもりではなかったんです…」 「謝罪を聞きたいわけではない。ただ、偽らない本当のことが知りたいだけだ」 ギガイの目が静かにレフラの方を見つめていた。

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