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【幕間編】第180 直後の2人 1
抱き上げようとした腕からレフラがサッと身を翻す。
宙を切った腕にギガイが思わず固まった。
確かこれまでの誤解は昨日でしっかり解けたはずだった。それなのに明らかに避けた動きに意味が分からないまま、ギガイははっきりと眉をひそめた。
「…なぜ避ける?」
「傷に障ります」
どこか冷たい口調でそう言ったレフラの表情は絶対に譲らない、と告げていた。
隷属ではなく唯一の番なのだとしっかりと伝わったためか、ギガイの顔色を窺って不安になるような様子がなくなっている。
このこと自体は望ましい傾向だった。
だがそれと、レフラの拒絶に従ってこのまま素直に引き下がれるか、ということはギガイにとっては別だった。
「大丈夫だこれぐらい。だからこっちに来い」
むしろレフラの温もり自体が癒しなのだ。それを失う方がギガイにとってはケガ以上のダメージを受けてしまう。
とりあえず懐柔されてくれないか、と思いながら声音を柔らかくして呼んでみる。
「全然大丈夫じゃありません!昨日の短剣だってギガイ様は急所は避けたって、今すぐ死ぬ気があった訳じゃないって言ってたのに、もし折れてなかったら危なかったって医癒官の方は言ってました!」
にも関わらずよりいっそう強まった反発は、昨日の全身で怒りを表している時の姿に近かった。こうなってしまえばギガイには上手くなだめる方法が分からなかった。
「その医癒官の特徴は? 部屋の中に何人かいただろう、その内の誰だ?」
「言いません! 言ったらギガイ様処罰する気ですよね!?」
レフラへ不要な情報を与えて不安をもたらしたのだから、当然なはずだ。しかもその結果、ギガイ自身へも害をもたらしているのだから仕方がない。だがそれを言ってしまえば逆効果だとギガイだって分かっている。
「……そんなことはない」
「今の無言がすごく嘘くさいです! 大切なことをちゃんと教えて下さった方をそんな扱いされないで下さい!」
「はぁ…分かった、そんな事はせん。だからそんな顔でにらんでくるな。でっ、どうすれば機嫌が直るんだ。お前を抱き上げなければ良いのか?」
分かった分かった、と捕らえる意思がないことを示すように両手を上げて見せれば、ようやくレフラが恐る恐る近付いてきた。
ギガイの目の前に立つレフラの身体は小さすぎて、見えるのはつむじぐらいなのだ。
日頃抱き上げていたせいで近かった唇も遠い状態に、キスさえままならないのかと溜息を吐く。
その目の前にしゃがみ込んでキスをしようと腰を折りかけて、ギガイはフッと動きを停止した。
この状態なら腕の中への抱擁さえも、警戒して逃げられてしまう様子が目に浮かぶ。
何度もギガイを拒絶するように逃げる姿も、かと言って腕の中へ留めてさっきのようににらまれてしまうのも精神衛生上よろしくない。
そして何よりも。
キスをしながら触れることも抱き寄せることも、一切ダメだという生殺し状態も辛かった。
(仕方ない……)
ふぅ、と溜息を吐きながらわずかに身をかがめた姿勢でレフラのつむじへ唇を落とす。
ギガイにとってレフラ以上に大切なものは何もないのだから、レフラが望むのなら何でも叶えてやりたかった。
(お前がそれで笑うなら、少しぐらいは堪えるか……)
そんなことを思いながら、戯れのような軽い触れ合いに留めたギガイが、レフラの頭をクシャリとなでた。
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