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第82 華やかな祭 2
「ギガイ様がそうやって、私を護ってくれようとしていることは分かっています」
そのまま力をわずかに込めてみる。ギガイへもすぐに意図が伝わったのだろう。手に促されるまま、レフラの方へ顔を向けたギガイから、威圧的な表情が消えていく。
レフラはまたいつもの表情へ戻ったギガイへ、苦笑とも自嘲ともつかない顔で微笑みかけた。
「……それでも、少しでもギガイ様のそばに並ぶのに、相応しく成りたいです」
「……」
レフラの言葉が、よほど意外だったのかもしれない。無言のまま、ギガイの目がわずかに大きくなる。その表情に気圧されて、レフラはギュッと拳を握った。
「私がいくら背伸びをしても、ギガイ様相手には難しいとは思います」
だってギガイは、この世界の覇者とも言われる存在なのだ。
大それたことを言っている。レフラだって、それはちゃんと分かっている。
だからと言って、諦めて護られるだけの存在となれるのか、と言えば別だった。
「それでも、唯一と仰って頂けるのなら、諦めたくはありません」
レフラも跳び族の長子として、矜持を持って生きてきた。御饌として嫁いで、今でこそ甘やかされるだけの立場になっているけれど。レフラがレフラである以上は、その矜持は捨てられない。
「そんな私のプライドを、どうか分かって下さい」
レフラは真っ直ぐにギガイを見つめて、お願いをした。
そんなレフラの前で、ギガイが黙り込む。2人の間に、祭のざわめきが流れていく。
苦虫をかみつぶしたような表情のギガイには、きっと言いたいことは色々あるはずだ。それでも、この辺りはギガイの過保護さを切っ掛けに、何度もレフラが拗ねて、ギガイが手を焼くことになった内容だった。そのせいか、ギガイも頭ごなしに、反対するような様子はない。ただ。
「……お前は簡単には、護られてはくれないな」
ハァーッ。
そう言いながら、ギガイが頭を掻いて、盛大な溜息を吐いていた。
レフラだって、ギガイがレフラを侮って言っている訳じゃないことは知っている。だけど、さっきギガイに言ったように、どうしても捨てられない意地のようなものがあるのだ。
面倒な性格だと、レフラ自身も自覚していた。
でもこればかりは、生まれ持っての|性《さが》のようなものなのだから、仕方がない。
「御饌らしくなくて、やっぱりダメですか?」
素直で、謙虚で、いじらしく。そして慎ましやかで、淑やかで、従順に……。それが、跳び族にいた頃に、さんざんレフラが言われた、一族を守る御饌としての有り様だった。
(求められる姿には、少しも成れなかった私ですが……)
「お前が御饌なのだから、お前らしくあれば良いと言っただろう?」
「ありがとうございます……」
以前と同じように言ってくれたギガイに、胸の辺りが温かくなって、レフラはフフッと微笑んだ。その直後に思い浮かんだ案だった。
いつもなら素気なく断られることだけど。今のギガイなら聞いてくれるんじゃないか。そんな気が何となくして、レフラが、目を輝かせた。
「あの、分かって頂けたのでしたら、せめて腕ーー」
「ダメだ」
レフラが言おうとしたことを、最後まで聞かなくても分かったのか。レフラの言葉へ、ギガイが即座に言葉を重ねてくる。
「お前らしくあれば、と仰っていたのに……」
「それと、これは別だ」
ギガイの応えはあまりにそっけなくて、取り付く島が全くない。そんなギガイへ、レフラは顔を顰めて、不満だと訴える表情を向けてみる。だって、レフラにとってもダメ元でしかなかったけど、ギガイがいつになく分かってくれる様子だったから、少しは期待をしてみたのだ。
でもそんな中で、ギガイがスッと手を上げて、周りを行き交う人々を指差す。
「それに周りを見てみろ」
「周りですか?」
「色々な者達で、溢れかえっていると思わないか?」
レフラとしても、そう思う。だからこそ、恥ずかしくて降ろして欲しい、とお願いしたつもりだった。だから、それが何か? とギガイへ視線だけで問いかける。
「万が一にでもお前に何かあれば、この者達も危うくなるぞ」
その問いへの答えとして、サラッと吐かれたギガイの言葉は、冗談では済まないことを知っている。レフラの顔からサァーっと血の気が引いて、表情が固まった。
そんな中で、視界に映った動く何か。それを確認するように、レフラが追いかけて視線を向けた。そこには、ラクーシュ達いつもの3人が、顔を引き攣らせて立っている。
成り行きを見守っていたのだろう。ギガイの視界に隠れた位置で、レフラへ訴えるように、ブンブンと首を振っていた。
「それでも、腕の中から降りたいか?」
「いえ、このままで結構です!」
「懸命な判断だな」
クツクツと笑うギガイに、レフラはドッと疲れを感じてしまう。でもそれは、きっとレフラだけじゃない。エルフィル達いつもの3人からも、同じような空気をレフラは感じていた。
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