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第84 華やかな祭 4
「今日は、ここで終いだ」
ギガイの視察に同伴したことで分かったのは、祭のために仮設した店でも、商っている者によって格のようなものがあるということだった。
黒族の主要地なのだから、当然黒族の民が商っている店が多かった。だけど中には各部族の商人のような者が商っていたりする店や、各部族自体の直営に近い店も存在する。
「豪華なお店ですね」
そして、部族自体が直営している店の場合、こんな風に規模や造りからして違っているのが、特徴のようだった。
「ここは、どの部族のお店ですか?」
目の前の建物は大きさは控えめながら、仮設とは思えないぐらいに装飾などにだいぶ工夫がされている。その立派な佇まいに、レフラはすごいと感心しながらギガイへ尋ねた。
「白族だ。……今季から取引に改定があったからな、状況の確認だ」
そんなレフラの質問に、端的に回答したギガイが、少し間を空けて言葉を足してくる。
白族という言葉に、ピクッと反応したレフラに気が付いたからかは分からない。だけど『できるだけ説明する』と約束をしてくれたからだ。そのことだけは、レフラにもちゃんと伝わっていた。
「ギガイ様、本当にお仕事に関しては、大丈夫ですよ」
「伏せるほどのことでもないから伝えただけだ。お前こそ、そんなに気にするな」
白族とギガイの説明と。どちらに対して気にするな、と言われたのだろう。分からないレフラは、何も言わずに苦笑を返して見せた。
「中を確認致します。少々お待ち下さい」
先を歩いていた近衛隊の者が、飾りガラスがはめ込まれた扉を開けて固定する。その者の横を通り抜けて中に入った数人が、手早く店内を確認をして、そこへリュクトワスとエルフィルが中に入った。
ギガイに抱かれたレフラの後から、リランとラクーシュも入店して、残りの近衛隊の者達が外の警備にあたっている。
今日、至る所で繰り返していた流れは、特に目新しいことはない。
ただ、中にいた者達が、揃いも揃って目を惹く姿をしていることに、レフラは驚いていた。
(これが白族……)
雌雄共に端麗な容姿をしているとは聞いていた。初めて見る白族の人達は、噂の通り男女共に顔立ちだけではなく、スタイルも魅惑的な姿だった。
いまの白族長は、その中でも飛び抜けて魅力的なはずなのだ。レフラは跳び族の村で、男達が話しをしていたことを思い出した。
(そんな方がギガイ様を、閨にお誘いしていたんですよね……)
この身体に劣等感を抱いていた時に、そんな白族長と会っていたなら。きっとレフラは気後れしてしまっただろう。男性にも女性にも成りきれなかった歪な身体なのだ。引け目を感じて、この場にいることも辛かったかもしれない。
でも、そんな身体をコンプレックスに思っていたレフラに、『私のために作り上がった身体だ』と、ギガイが言ったのだ。
ギガイの言葉がレフラを支えて、背筋を真っ直ぐに伸ばさせた。気負わずに、自然にそう振る舞えることに気が付いて、レフラは心の中が温かくなる。
でも同時に、あの会談の時の移り香や、魅毒のことが頭を過った。ここでみっともない姿は晒したくない。そんな想いで、レフラは改めて気を引き締めた。
そんなレフラだったから、すぐに気が付いたのかもしれない。入口へ漂っていたのは、ほんのわずかな香りだった。だけど鼻孔を刺激した覚えのある香に気が付いた瞬間、レフラは目を大きく見開いた。そのまま鼻と口にベールを押し当てて、ギガイの首筋にしがみ付く。
「ギガイ様、外に出たい!」
出来るだけ声が響かないように考慮した声は、かなりくぐもっている。周りの音に簡単に掻き消されるような小さな声だったが、しがみ付きながら耳元で伝えていたため、ギガイにはしっかりと聞き取れたのだろう。
身体にギガイの動きが伝わった。突然そんなことを訴えたレフラに、どうした?と、視線を落としているようだった。
(ここはダメ! 早く外にーー!!)
でも周りに悟られるわけにもいかなくて、そんなギガイへ視線を向けて訴えることも、今のレフラにはできなかった。
(どうしよう、こんの所で説明なんてできないのに……)
そのうえ、悠長に伝えているような時間もない。レフラは呼吸を堪えて、フルフルと額を押し付けたまま、首を小さく振って見せた。
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