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第86 華やかな祭 6
「幻覚や、酩酊感があります。中毒性が高くて、1度でも摂取した者が、その毒から逃れきれた事例を聞いた事がありません……」
「その場合はどうなる?」
「最後は神経に痺れが走り、動きが取れず、呼吸もままならなくなって、死んでいきます……」
過去に2度。村の中でそうやって死んだ者を目の当たりにした。どちらとも、農作業中の事故が原因だと聞いていた。その患者だった村人が苦しむ姿や、死んだ後に悲しむ者達の姿を、レフラはただ遠くから眺めていた。
色々な想いを抱きながら、あの日も輪に外れて1人だけ死んだ人達の冥福を祈ったことを、今でも鮮明に覚えている。
レフラの答えにギガイが纏う空気が変わる。滅多にレフラ相手には向けられない、冷たい威圧染みた雰囲気だった。久しぶりに感じるその空気に、レフラの身体がブルッと震えた。
その震えに気が付いたギガイが、大きく息を吐き出して冷たい空気を離散させる。そして眉根を寄せながら、レフラを抱える腕に力を籠めた。
「恐らく口外が禁じられた物なのだろう。だが、危うくお前を害するところだった。何が原因だ?」
レフラを失えば正気をなくす、と言い放ち、その前に殺せと短剣を自分の身体へ突き刺すような主なのだ。
きっと心の中は、激情で荒れ狂っている。それを全て飲み込んでくれていることが、固くなったギガイの声音から伝わってくる。
どうして良いのか分からずに口を噤むレフラの唇を、ギガイの指が何度も何度もなぞっていた。その仕草が、レフラ自身から話すことを、促していることは分かっていた。
「頼む、教えてくれ。口外はしないと約束する」
一族の掟が頭を過る。だけどレフラは、ずっとギガイのためだけの御饌だった。
知る方法を持ちながらも、そうやって願ってくれるギガイにレフラだって報いたい。レフラは腕を伸ばして、ギガイの首にしがみ付いた。そのまま耳元に唇を寄せて、一族の中で伝えることを禁じられていた花の名前を口にした。
それはこの世界では麻酔薬として使われる高価な薬草で、栽培が難しいと言われる花だった。
伝えられた花の名前がよほど意外だったのか。
「なぜそこまで、跳び族は警戒しているのだ?」
レフラに向けられたギガイの表情は、腑に落ちないと語っていた。確かにその花は存在数自体が少ないため、他種族へ知られた所で脅威になるとは思えないのだろう。
そんなギガイが考えていることは分かっている。だからこそ、花の名前を告げた後、レフラは曖昧にギガイへ微笑んだ。
その笑みに、ギガイが小さく息を飲む。
「……あるのか、あの地には?」
「……はい」
ギガイなら全てを言わなくても気が付くとは思っていた。だけどレフラの表情や仕草から、答えを正確に導いていく様子に、驚いてしまう。
「今の話しならば、栽培はできないだろう。自生しているということか?」
「……はい」
「警戒が必要なぐらい、群生することさえあるのだな?」
「……はい」
その間にもどんどん秘密としてきたことを、的確に指摘されてしまい、レフラには隠す意味がもうなくなっていた。
「……土壌が合っているのか、普通の野草に紛れて、畑の周りに生えてしまうこともあります……」
だけど、さすがにそこまでとは思わなかったのか。珍しいほどにはっきりと、ギガイが目を見開いた。そのまま何かを考えるように、首筋に手を添えたギガイが黙り込む。ただ鋭い眼差しだけが、レフラの顔を真っ直ぐに見つめている。いつもと違うギガイの様子に、レフラはゴクリと唾を飲み込んだ。
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