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後編

 ふたつのパフェカップが空になったところで、スマホが震えた。  画面の上には、デフォルトアイコンのまま踊るアイツの名前。  俺は、出しかけていた新しい煙草を箱に戻した。 「んしょ」  立ち上がると、大石が不思議そうに首をかしげる。 「あれ、どっか行くの?」 「待ち合わせ」 「え、誰と⁉︎」 「内緒」 「なんでさ!」 「言ったらお前、絶対ついてくるだろ」  その瞬間、大石の視線が一気に鋭くなる。 「ふぅん……俺の知ってる人なんだ」  それはまるで、獲物に狙いを定めた猛獣のような。  でもな、大石。  もう他の罠にはまっちゃってるモンは、横取りできないんだぜ? 「いいこと教えてやるよ」 「いいこと?」 「この世で一番さくらんぼの茎結ぶのうまいヤツ」 「えっ……」 「りょーちゃん」  わざと大石の呼び方を真似てみせると、目の前の笑顔がそのまま固まった。  ポケットの中のスマホが、また震える。  そこには、俺を急かすひと言だけのメッセージ。  アイツらしい。 「じゃあな」 「え、ちょ、ちょっと!」 「もし俺と(りょう)が明日一緒に登校してきても怒んなよ」 「えぇ⁉︎それってまさか……待ってよ、天太くん!」  誰が待つか、バーカ。  心の中でそんなことを呟きながら、俺は大石を振り返った。 「愛してるぜ、悪友」  投げキッスを送って扉を閉めると、期待通りの雄たけびが聞こえてきた。 「そんなのないよおおおおぉぉ〜ッ!」 「……うっせえの」  口元を押さえても、漏れ出る笑いは堪えられそうにない。  敏感なようで、実はものすごく鈍感なヤツだ。  この三年間ずっと俺に構ってきてたくせに、俺と凌の関係に気づかないなんて。  生まれた時から一緒の幼なじみのくせに。  扉の向こうの哀れな悪友にちょっとばかり同情してから、下界へと繋がる階段をゆっくりと降りる――と、その一番下に、見覚えのあるヤツが座っていた。 「……遅えんだよ」  不機嫌そうに煙草をしがんでいたのは、俺のコイビト。 「凌、校門だって言ってなかったか?」 「お前があのバカとくだらねえことしゃべってっからだろ」 「あらら、妬いちゃったのね」  ふざけて言ったら、ギロリと睨まれた。  なんとも嬉しい反応だ。  俺がひとりで笑っていると、凌はゆっくりと立ち上がる。  どちらからともなく歩き出すと、凌がふと俺を見た。 「おい、何食ってんだ?」 「あ、これ?」  べ、と舌を出すと、凌は顔をしかめた。  そして、先っぽに乗っていたさくらんぼの茎を奪った。  もちろん、それはキレイなリボン型になっている。  凌はそれを自分の手のひらに置いてしばらく見つめた後、胸ポケットにしまった。  ああ、ヤバいってそんなの。  なんでそう、俺のツボばっかりついてくんだよ。  愛おしすぎるだろ。 「凌」 「あ?」 「キスしていいか?」  耳を触るのは、退屈な授業を続けている教師の声だけ。  風もない、静かな空間に、凌の声が響く。 「聞かなくても分かんだろうが」  なかなか近づかない距離がじれったくて、凌の襟を引っ掴んだ。  ガチっと音がして、歯にじんじんと痛みが伝わる。  それでも、俺たちは唇をむさぼり合った。  絡み合う二種類の煙草の味があまりに不快で、癖になる。 「どう?」  唇が離れての第一声にしては不躾な質問に、凌が目を細める。 「……ど下手」  そう言って小さく笑うと、凌は俺に二度目のキスを施した。    fin(その後に続く……)

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