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第28話 実玖の目的と姫猫の気持
伍塁が納得するまで探した簪は、透文様 と平打細工のとても細かい模様が入っていて美しい。簪 は小さく、荷物にはならないから伍塁が一人で行ってくると言う。
「わたくしも同行してもよろしいでしょうか」
実玖は理由を聞かれると困るが、あの猫にもう一度会いたいからとも言えない。変に思われる前に何か理由をつけなくてはと、言い出してしまってから焦る。
「いいよ、お城だもんな」
伍塁は実玖があの部屋を気に入っていると思っているのだろうか。車のキーをポケットから探り出し「いくよ」と立ち上がり、それ以上何も言われなかった。
秘書に案内され、香りのいい紅茶を出された頃にあの猫は婦人とともにあらわれた。
「こんにちは、今日の紅茶はいかがかしら」
伍塁は「お世話になります」と立ち上がりお辞儀をする。実玖も同時に立ち上がる。
「こんにちは。とてもおいしいです」
実玖は頭を下げながら婦人の腕の中の猫を気にした。やはり鋭い目付きでこちらを見ている。実玖の周りだけ空気が固まっているようだ。
「ユズリハちゃん、こんにちは」
伍塁が猫に声をかけた。その猫は、ユズリハと言う名前なのか。きっとこの前、婦人との会話で聞いたのだろう。
「キャ、キャッ」
「可愛い声だね」
高い声で鳴いたが、言っていることは「また偽猫がいる」だった。そんなことはわからない婦人と伍塁は、袱紗から取り出した簪をひとつひとつ丁寧に見ている。
その間にユズリハと呼ばれた猫は、婦人の膝から抜け出して実玖の座っているソファの肘掛に飛び乗った。
「また来たの、懲りないわね」
どうしても実玖のことが気に入らないらしくわざわざ隣に来て嫌味を言うが、本当に嫌なら寄ってこないだろう。実玖はユズリハの方を向いた。
「この前は失礼しました。あの時は何も言えなくて」
ツンとすまして横目で睨まれたが、今日はもう平気だ。実玖はユズリハに体をむけて話始める。
「わたくしは目的があってニンゲンになりました。猫の時は伍塁様にご飯や美味しいおやつをもらって、お風呂にいれてもらって、ブラッシングしてもらって、遊んでもらって。猫の時も自分なりに伍塁様に楽しんでもらったと思うのです。でも、猫であることに甘えて好き放題だったとも思うのです」
ユズリハは「そんなの当たり前のことじゃない」と斜めに見上げ、小さく嫌味を込めて言うが実玖は続けた。
「伍塁様がわたくしにしてくれたことは、猫ではして差し上げられないのです。ニンゲンの姿にならなくては、同じことが出来ないのです。わたくしは伍塁様にお仕えするためにニンゲンになったので、それを言いたくて今日はこちらに参りました」
ユズリハは、さらにきつい目で実玖を睨む。
「わざわざそんな事言いに来たの、暇ね」
「はい、わざわざ来ました」
薄茶色の目でまっすぐにユズリハを見る実玖は、真剣だが穏やかで目が離せない雰囲気を出している。
「ふぅん」
ユズリハは、思わず返した言葉にはっとして姿勢を正し、フンと横を向いた。
実玖は緊張して強ばっていた力が抜け、ユズリハにそっと手の甲を上に向けたまま差し出した。
「ば……ばかじゃないのっ」
ユズリハは、実玖の手と顔を見てしっぽをムズムズさせ、すぐに夫人の方に視線を移した。
「ユズリハ、そちらのお兄さんと仲良くなったのかしら」
婦人は微笑んで実玖に紅茶のおかわりを勧めた。
「仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、わたくしのことはあまり好きじゃないみたいです」
実玖は思った通りに答えたが
「さっきのあの鳴き方は、気に入った相手に鳴く声だったわ」
などと言われて困った。何も言えず伍塁に助けを求めて目を向けたが「よかったね」と言われてしまった。
実玖は新しい紅茶をスプーンでかき混ぜて冷ましながら、ユズリハに言いたいことは言えたし、そんなに嫌な感じにはならなくて安心している。飛びつかれて引っかかれたりすることも、少し考えていた。
「……やっぱり人間って馬鹿じゃない」
ユズリハは、肘掛の上で居心地悪そうに後ろ足としっぽを左右にモゾモゾさせまた実玖をちらりと見たが、すぐにそっぽを向いた。
[伍塁様とお仕事 その1 了]
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