1 / 1

第1話

 放課後。教室が騒がしい。  俺はそんな喧騒も気にせずに1人、本を開いていた。教室奥の窓際の机、そこが俺の居場所だ。  あまり人目につかずゆったり過ごせるこの場所は、人と関わるのが面倒な俺にとっては最適で、こうしてつまらないホームルームの最中に開いた本を読み続けて、いつの間にか放課後と言うことも多々あった。  ふと、周りが静かになった事に気付いた。同時に放課後もかなりの時間が経ち、自分が残されてる事にも。  どうやらのんびりしすぎたらしい。  パタリと本を閉じる。それをバッグにしまい、帰宅の準備をすると立ち上がった。  開きっぱなしだった窓を閉じようと手を伸ばして、そして止めた。  ジージー  セミの声。今は9月、取り残された夏の残骸の音。  ジージー  いない相手を呼ぶ声。  ジージー  自分はここにいる、とひたすら叫び続ける声。  ジージー  なんだか切ない気持ちにさせる声。  誰か自分を見つけてくれと、命を揺らす音。  セミでさえ誰かを求めて鳴いている。いつか巡り合えるかも知れないと信じているのだろうか。  くだらない、と、軽くかぶりを振って窓を閉めた。その時にやっと自分以外にも人の気配がある事に気がつく。  あいつは、誰だったか。あまり他人に関心を持たないようにしていたので、思い出せない。  だが、いつも話題の中心にいた様な気がする。  少し癖っ毛のある淡い茶色の髪が揺れていた。  向こうはこちらに気がついていないらしいが、どうも様子がおかしい。  まるで人形の様に微動だにしないのだ。  体調でも崩したのだろうか?  声をかけるか?と少し迷ってると奴が動いた。シャツの胸元をグシャッと掴み、何かに耐えている様に見えた。  汗が、額からツーッと垂れて、堪えていると言った方が正しいか。  その姿が、何故か先程のセミの声と重なる様で。  無論声を発している訳でも無いのだが。  カバンの中に入れてあった小さな保冷バッグからジュースを取り出す。  帰ろうとゆっくり歩き出し、奴のそばに近づいて。  ゴトリ、わざと音を立てて机にジュースの缶を置いた。  驚いたのかそいつは目を見開く。俺は何となくそいつの頭をぽんっと撫でて   「今日は、暑いな」  そんな事を言って、教室を出て行った。  何をやってるんだんだろう。  特に関係もない他人の頭を撫でてしまった掌を見つめて軽くため息。  髪の感触を思い出し、少し眉を寄せた。 「帰るか」  廊下をゆっくり歩く。  セミの声、彼の姿。  暫く脳裏から消える事は無かった。

ともだちにシェアしよう!