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scene14-02

 温泉街を散策するだけでも楽しく、時はあっという間に経過していく。気づけば、チェックインの時刻が過ぎていたので、旅館に戻ることにした。 「誠」 「はーいっ」  フロントで手続きを済ませた大樹に呼ばれ、元気よく駆け寄る。  仲居に案内されて趣のある廊下を歩き、和モダンな雰囲気漂う洋室に通された。 (うわっ、めっちゃ豪華! いい部屋~っ!)  ゆったりとしたサイズのツインベッドが並べられた先――テラスには、小さな露天風呂が設置されていた。他にも、充実した備品が備え付けられていて格式の高さを感じる。 「それでは、ごゆっくりお寛ぎください」  部屋や館内について説明を終えると、仲居は品のある仕草で退室する。それを笑顔で見送ってから、 「俺、館内歩きたい!」  うきうきと大樹の顔を見上げて、誠は言った。 「早速だな」 「お、大樹は部屋でのんびり休みたいってか? このジイサンめっ」 「なにも、嫌とは言ってないだろ」 「よしっ、レッツゴー!」 「ああ。浴衣で歩いていいみたいだし、着替えて行こう」 「カピダッ!」 「本当にテンション高いな」  浴衣に着替えると、タオルが入った湯籠を持って部屋を出た。  庭園や山々の緑が一望できる展望テラス、ご当地菓子や寄木細工の工芸品といった土産物が並ぶ売店、フリードリンクやマッサージチェアが用意されたラウンジ……品のある館内の雰囲気を楽しみながら、ゆっくりと見て回る。  せっかくなので大浴場に行こうという話になったのだが、貸切風呂が運よく空いていたため、そちらに入ることにした。 「やった、ツイてる!」  脱衣所に入るなり、ワクワクしながら奥を覗き込む。  貸切風呂は、黒を基調としたシックな内湯だった。泉質や効能が書いてある概要を読めば、心身ともに安らぎを与えてくれるだろうことがわかる。 「大樹、ちょうど冷え症に……っとわ!?」  言い終わる前に、いきなり背後から抱きしめられた。首筋に大樹の熱い吐息がかかる。 「さすがに浴衣ともなれば、色っぽいな」 「いや、合宿のときも着てたじゃんっ」 「あのときは手を出せなかったから」  大樹が浴衣の帯を緩めてくる。顎で衣紋の部分を押し下げられれば、露わになったうなじに口づけを落とされた。  上から下へ濡れた感覚が這う。こそばゆさに身をよじらせていると、強く皮膚を吸われて、一つ二つと痕を残された。 「ちょっ、キスマークつけんな!」 「着崩さなきゃ見えない」 「いつから、そんなスケベになったんだよっ」 「前々からこうだったよ」 「なっ!?」 「男子としては、いたって健全な思考だと思うけど?」 「ンな話じゃ、ッ!」  そのとき、廊下から声が聞こえてきた。不意のことに心臓がドキッと音を立てる。  声はカップルと思しき男女のものだ。貸切風呂目当てだったようだが、空いていないことに落胆している様子が会話からうかがえた。 (び、ビビったあ)  身を固くして、二人の声が遠ざかっていくのを確認していると、大樹のククッという笑い声が耳朶をくすぐった。 「ここじゃ聞こえるな」  意味深に囁かれて、一瞬で顔が熱くなる。 「風呂入るッ!」  勢いよく体を離し、すっかりはだけてしまった浴衣に手をかける。  裸になるなり逃げるように浴室に入り、さっと桶で体を流してから湯舟に浸かった。  遅れて大樹もやってきて、涼しい顔で体を洗い始める。こちらがすっかり意識してしまっているせいか、無性に苛立ちが込み上げてきた。 (あんなコトしといて、もういつもどおりじゃん!? 好き勝手しやがって~!)  やられる側にだって考えがある、と思い立って湯舟から上がる。 「なあ、背中流してやるよ」  声をかけると、大樹は眉間に皺を寄せた。 「どういう風の吹き回しだ?」 「なんでもねーよ。気が向いただけだって」  タオルをひったくって、自分よりずっと広い背中をゴシゴシと洗う。  当然、これだけで終わらせるつもりはない。 「っ……」  大樹の体が小さく揺れる。  泡を流したところで思い切り噛みつき、肩に歯型を残してやったのだった。 「し・か・え・し。俺の悶々とした気持ち、どーしてくれんだよ」 「……それは誘っているのか?」  実のところ、深く考えていなかった。単純に、やりどころのないイライラを解消したいと思っただけに過ぎない。  ただ、ここで「違う!」といつものように返しては、本来の目的が果たされないというか、なんとなく負けた気がしてならなかった。  よし、と意気込んで、思い切った行動を取ることにする。 「だったら、大樹はどうすんの?」  背後から腕を回して、低いトーンで囁く。完全に誰かの真似だった。 (フフン! どーだ、俺だって、やられてばっかじゃないもんね!)  すっかり勝ち誇った気でいたのだが、 「期待には応えるまでだ」  と、瞬く間に体を引き寄せられて、唇を奪われてしまう。 「んっ、んん!?」  最初から容赦がなく、薄く開いた隙間から強引に歯列を割られた。熱い舌で口腔を舐めまわされれば、否応なしに息が上がってしまう。 「待って、こんなつもりじゃ。こ、これ以上されたら、我慢できなっ……」  大樹の胸板を押して体を離そうとするも、抵抗などお構いなしで、すぐに唇を押し付けては舌をきつく捻じ込まれる。  貪るような荒々しいキスに、頭がくらくらしてきて理性も飛んでしまいそうだった。 「っ、大樹ってば!」 「誘ったのはそっち」 「うぐ……だったら、部屋戻ってから」 「別にここでもいいだろ。どうせ他のカップルもしてる」 「でもさっ」  攻防の末、背中に壁が当たってしまう。逃げ場をなくし、へなへなと座り込むと、微笑を浮かべた大樹が屈んできた。 「わからないヤツだな。観念しろバカ犬」

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