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scene17-02
「あ、あの、ちなみにカフェテラスとゆーのは?」
「キャンパス内のだけど?」
大学の敷地内はまずい。ないとは思うが、万が一にでも、風間と一緒にいるところを大樹に見られたらどうなることか。
「えっと! 駅前に新しいカフェができたんですけど、一緒に行きません!? 雰囲気もよさげだから気になってたんですが、一人じゃ入りづらくって!」
気がつけば、そのような提案をしていた。
確かに事実なのだが、もともとは大樹を誘おうと思っていただけに胸がチクリと痛む。それ以前に、風間とは距離を置くと約束していたわけで……、
(うっ、バカだ! 俺ってマジでどうしようもないバカだ!)
風間が首を縦に振る一方、あとで大樹には何かしら埋め合わせをしようと誓うのだった。
目当てのカフェは女性客が多く、落ち着いた雰囲気であった。
二人はそれぞれコーヒーと軽食を乗せたトレイを手に、テーブル席に座る。
「そんな警戒しなくても何もしないよ?」
「ぶほッ……」
風間の言葉にギクリとして、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。風間はクスクスと笑って再び口を開く。
「で? 戌井くんはどういった業界志望してるの?」
どうやら、純粋に先輩という立場で話をしてくれるらしい。ならば、こちらも後輩として話をするまでだ。
「具体的には決めてないんですけど、職種としては営業がいいなって」
「個人? それとも法人?」
「えーと、法人の方で企業研究しようかと」
「へえ、法人か。まあ何にせよ、営業職って業界ごとに大分変わってくるから――」
現在のレベルに合わせて、風間はやさしいアドバイスをしてくれた。
初歩的なことなのだろうが、スタートラインに立ったばかりの誠にとっては、どれもためになる話だった。また、このような後輩のことをバカにせず、丁寧に教えてくれる姿勢に感心させられてしまう。
「にしても、営業志望なんて珍しいね。大体の人が嫌がる――というか配属希望が通らなくて、仕方なしにって感じなのに」
ああ、となる。就職課の職員にも言われたことだった。
「就職課で話してて気づかされたんです。俺って人と関わるの好きだし、それで喜んでもらえるのがすごく嬉しいなあって」
「へえ?」
「いやその、志望動機って言えるようなものじゃないってわかってますけど」
「ううん、何事もきっかけは大事だから」
「う、すみません。ただ、あの、サークルもバイトも楽しいなあって思ってて。そりゃあ嫌だなあって思うことも、正直あったりするけど――いや、大なり小なり失敗してる俺が悪いんですけど。あれっ、何が言いたいんだっけ」
思ったことをすぐ口にするタイプなので、我ながら話下手だと思う。
「………………」
風間は相槌も打たず、耳を傾けて言葉を待っているようだった。それに甘えて、少し考えをまとめてから続けた。
「今まで自分のこと、よく考えてこなかったんですけど……人と何かしらの関係を持って、いろんなもの共有するのが好きなんだなって思います。そこまで売るスキルじゃないけど、これだけは確かっていうか。むしろ、これしかないっていうか」
「うん、いいと思うよ。正直、俺には持ってないものを持ってるから羨ましい」
「ど、どーも」
なんとなく面映ゆい気持ちが込み上げてきた。
「風間さんの方は、どういった業界を志望してるんですか?」
話題の矛先を風間へ向ける。彼は何でもないことのように、
「俺? 俺は金融業界」
「えーっ、すごい!」
思わず口にしてしまった。まったく考えもしなかった業界だったし、どことなく《エリート》という印象があった。
ところが風間は苦笑して、「いや」と手を軽く振った。
「金融なんてずっと逆風の流れが続いてるし、あまり薦められない業界だよ」
「え? じゃあ、なんで風間さんは?」
「なんとなくかな。父親が地銀の支店長だからその流れで」
「へ、へえ……そうなんですか」
「うん。やりたいことも、なりたいものも特になし。基本的に考えなしなんだよね」
どう返すべきかわからないでいると、風間はそのまま続けた。彼の瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「毎日が単調な繰り返しで、何に対しても関心が持てなかった。……映画だけは比較的好きだったけれど、やっぱりフィクションだし、現実で興味をそそられるものは何もなかったんだ」
そこで、「でも」と風間が真っ直ぐに見つめてくる。
「そんな中、唯一関心を持てたのが君だった」
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