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おまけSS 相合傘と募るイライラ
大樹が高校二年生だった頃の、夏の日のこと。
「雨、止みそうにないな」
軒下で誠がぽつりと呟く。大樹はその隣で「そうだな」と返した。
定期考査期間は部活動がないため、珍しく誠と一緒に下校したのだが、突然の雨に足止めを食らってしまったのだった。
(この時期に多い、通り雨だろうと思ったんだけどな)
ざああ、と激しい雨が降り注ぐ。
雨宿りをするも一向に止む気配がない。近くに時間をつぶせるような施設があったらよかったものの、そのようなこともなく。――仕方ないな、と大樹は口を開いた。
「お前はここで待ってろ。コンビニで傘買ってきてやるから」
言って、スクールバッグの中から折り畳み傘を取り出す。
「ってオイ、傘あんじゃん! ……え? わざわざ買いに行くとか頭悪くね?」
誠は率直な反応を示す。
(お前に言われたかねーよ、バカ犬)
少しだけ腹が立って、相手を睨みつけた。
「相合傘でもするつもりか?」
「うん」
「男同士で? おかしいだろ」
「幼馴染なんだし、いーじゃん。昔はしてただろ?」
大樹の中で苛立ちが募っていく。“幼馴染”という言葉は、そんな何でも許容できてしまうような便利な言葉だったろうか。
(俺が一方的に意識していると言ったら、それまでだが)
今だって、彼のしっとりと濡れた髪や襟元に視線が向いて仕方ない。必死に煩悩を抑えているというのに、当の本人ときたらこれだ。
「な、なんだよっ。俺と一緒の傘入るの、もう嫌なワケ?」
誠が眉尻を下げて不安げに言う。
そういったところが本当にズルいと心から思う。結局のところ、自分はいつだって彼に甘く、そのようなことを言われては折れるしかない。
「わかったよ、ほら」
折り畳み傘を広げたら、ぱあっと誠が笑って中に入ってきた。二人で歩調を合わせて歩き出す。
「近いぞ」
少し歩いたところで、注意するように口にした。歩くたび、誠がグイグイと身を寄せてくるのだ。
「だって、こっちに傘寄せすぎなんだもん」
「いつも言ってるだろ。あまりくっつくな」
「ええ? 大樹ってば、いちいち気にしすぎじゃねーの?」
それはそうかもしれない。返す言葉が見つからなかった。
(こっちの気も知らないで……)
触れ合った肩が気になって、ますます胸の鼓動が速くなる。
本当はもっと触れたいし、触れてほしい。けれども、そうなったら自分はどうなってしまうのかわからない。
「あー、ムカつく」
思わず口にしていたらしい呟きに、誠が「えっ!?」となる。
その顔が愛らしくも憎たらしくもあり、大樹は軽く小突いてやったのだった。
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