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第1話

「ねえ、何だった?」    子供の頃。  第二次性の検査結果が返ってきた翌日の教室の話題は、その話でもちきりだった。  アルファの奴らは、喜び自慢気にそのことをだれかれ構わず話していた。  僕―――雪野 春都(ゆきのはると)はというと、オメガだった。  オメガが社会的に不利な立場にあることは幼いながらに分かっていたから、自分から言わなかったし、その話題も口にしなかった。  しかし、大体こういう状況のときに話しかけてくる奴がいることはお決まりで。 「ね、春都はなんだった?」    僕に話しかけてきた奴がいた。なんだった、とだけ言われて『なに』の内容は大方予想がついたが、なるべくそれを避けたい一心で、気が付かなかったフリをした。 「なんだった、って……何が?」  少し首をかしげながら言う僕に、聞いてきた本人は苛立たしげに 「第二次性だよ!わかるだろ」  と、声を荒げていった。声を荒げたために、この教室内の注意がほとんどこちらに向けられたのが分かった。  最悪な状況下。何としてでも言いたくなかった。だが、無言の圧力というものが、幼かった僕には耐えられなかった。 「………えっと、オメガ、だった」  その言葉を僕が言い放った途端に教室内がざわざわし始めた。「えー、春都くんオメガなの……?」「全然見えなーい、だって普通にかっこいいし」「お勉強もスポーツもできるのに」みたいな会話が嫌でも鼓膜を震わせた。 「へえ、お前、オメガなんだ。かわいそうだな、役立たずになって。ちなみに俺は」 「アルファだろ、知ってる」  さっき聞こえてきた自慢話で言っていたからわかっていたのだが、僕が話を遮ったのが気に食わなかったようで、 「うるっせえな!話を遮るな!オメガのお前なんかアルファの俺の下にいればいいんだよ!」  そう怒鳴り返してきた。いちいち大きな声を出すものだから、僕も苛ついてきた。 「………そっか。でも、僕より勉強も運動もできない人間に、性別だけで上の立場だって言われても」  そう言い返した途端、お腹のあたりに鋭い痛みが走った。 「………っ?」  原因の分からなかった僕が痛みに耐えている顔を見て、そいつは嘲笑った。  そのときのあいつの表情、声だけは記憶に鮮明に残っている。あれはあまりにもうざかった。 「ざまあねえな!よく似合ってるよ、そのかっこう!アルファの俺を床に這いつくばってみあげて、オメガらしいや!」  その言葉を聞いて、我慢の限界が来た。  限界がきて、痛みも忘れて顔にむかって一発いれようとしたその瞬間。 「いい加減にしろ。聞いてて見苦しい。まだこの中の誰もが社会の役に立ってないのに、性別だけで決めつけてかわいそうなアルファだな」  よく聞き覚えのある声。助けてくれた、その声の持ち主は。 「まさ…と……?」 「そうだよ。大丈夫か?」  僕の幼馴染の、神代 雅斗(かみしろまさと)だった。  ちなみに、アルファ。 「大丈夫…少し痛いだけ。別のクラスなのになんで…」 「それは…わりと目立ってたからな」  確かにこれだけの騒ぎを起こしていれば、嫌でも目立つだろう。 「そっか。手間取らせてごめん。あとは大丈夫だから」  そういうと雅斗は 「分かった。無理するな。それと」  そこで言葉を切って、念押しするように 「手を出す前に、呼べよ」  そう言い残して自分のクラスに戻っていった。大丈夫、といえば大抵はそれを信じて任せてくれる雅斗と一緒にいると、楽だ。 「確かに、性別で決まることもある。でも僕は、そんなものには負けないつもり。うなじを噛まれる前に自分の身を守る手段もある。だから金輪際、僕のことを、いや、オメガという性を持つ人たちを性別で侮辱するな」 「な……っ、お前」 「あと、僕が殴ると痛いから、やめておいたほうがいいよ」  そう言い残すと、少しふてくされながらも引いてくれた。  幸い、僕が親しくしていた人たちの中に性別で差別する人はいなかったから、オメガだからという理由でひどい目にあうことはなかった。ヒートになる前は休むかピルを飲むかしていたし、ひどい目にあいそうになったら、周りの人がなんやかんやして守ってくれた。  自分の身は自分で守るといいつつも、ある一人からしか守れていなかったから、少し申し訳なかったけど、助かった。  ――――そう、たった一人からは、守れていた。

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