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パスワード・後編 (完)

写真の有馬の顔が離れなかったオレは、翌日すぐ行動に移した。 「…有馬!」 講義が終わってすぐに出て行こうとする有馬に、オレは慌てて声をかけた。 振り向いた有馬は、オレの顔を見るなり一瞬目を瞠ったが、すぐにいつもの無表情に戻る。 (近くで見ても、ホント綺麗…) こんなに近くで見るのは病室以来だが、あまりの綺麗さに圧倒される。 無言でオレを見つめ返す有馬の目は、よく見れば何かオレに訴えているように見えた。 無表情だと思っていたが、意外に顔に出やすいのだろうか。 「ちょっと話したいことがあるんだけど、時間とれないかな?」 「…いいよ」 あの有馬がすんなり了承する。やっぱりオレと有馬は知り合いだったのだろうか? 「今日の講義もう終わった?終わったならどっかファミレスか喫茶店とか…オレんち割と近いからオレんちでもいいけど」 「大丈夫。家でいい。」 そう言って有馬は、訴えるような、探るような目つきは相変わらずのまま、オレに並んで歩きだした。 アパートまで15分ほどかかる道のりはほとんど無言だったが、入り組んだ変な道も何も言わなくても有馬の足が正しい道へ向かっているのを見ると、有馬はやっぱりオレの家に来たことがあるんだろうなと思った。 「はい、コーヒー。砂糖とかミルクとかいる?」 「…いる」 小さなテーブルに隣り合わせで座る。質素な部屋に有馬がいると、なんかそれだけでゴージャスだ。 はい、と持ってきたスティックシュガーとミルクを袋ごと渡すと、有馬は迷うことなく両方を2つずつ入れた。 意外だ。コーヒーはブラックで飲みそうな顔してるのに。 「有馬って甘党なんだな、意外」 「…話って何?」 「あ、うん…そうだった。」 有馬に急かされ、オレは用意しておいた写真を出す。 「これ、なんだけど…昨日オレの部屋から出てきたんだ。これってオレと有馬だよな?」 有馬の返事はないが、息をのむ音が聞こえた。 「…気ぃ悪くしたら悪いんだけどさ、オレ、有馬とこんな写真撮った記憶ないし、そもそも仲良かった記憶がないんだ。なのにこんな写真出てきて、すげーびっくりして…そしたら有馬がオレが入院してた時1回病室に来たの思い出してさ。」 話の合間に有馬の表情を窺うが、いつの間にか俯いていてどんな表情をしているのか読み取れない。 「なぁあの時、オレは有馬が病室間違えたんじゃないかと思ってたけど、有馬はオレの見舞に来てくれてたんかな?オレ達って仲良かったのか?どうしても思い出せないんだけど…オレって有馬のことだけ記憶喪失みたいになってんのかな?」 有馬は返事どころか相槌すら打たずに、どんどん俯いていく。 やっぱり気を悪くしたのだろうか。 「有馬ごめん。オレ、どうしてもわかんなくって。本人に聞くしかないって思って…」 有馬の肩に手を置き、顔を覗き込む。すると… 「…っ」 有馬は泣いていた。 嗚咽が出ないようにしてるのか、唇をぎゅっと閉じ、苦しそうな表情で静かに涙を流していた。あの有馬が、泣くなんて… 「有馬、ごめん。やっぱりオレ、お前のこと忘れてたのか…?だったらあの時そう言ってくれれば良かったのに…」 「言えるわけないだろ…!最初はオレに対する嫌がらせかと思ったのに、本気で…本気でオレのこと忘れてるなんて…っ」 顔を上げた有馬のあまりに悲痛な表情に、言葉を失う。 オレがこんな顔をさせているなんて…そう思うだけで胸が苦しい。 「…事故の前オレと大和はちょうど喧嘩したから…だから病室でああ言われた時、怒った大和がオレに嫌がらせして追い返したんだと思った。 だけど次の日もう1回病室行ったら、女の子に告られて付き合うとか言ってるし、退院しても連絡来ないし。もうなんなんだよと思ってたら…なんで…オレのこと忘れてるとか…」 涙が止まらない有馬に、オレはもう謝るしかできない。 「…ごめん。でもサークル仲間とかもさ、オレと有馬が仲良いことすら驚いてたんだけど…オレと有馬は、そんな仲よかったんだな。なんか、せっかくお見舞いにも来てくれたのに悪かった。携帯も、壊れてパスワードも開かなくて、機種変して…ほんとごめん。」 「……っ」 「…なぁ、有馬さえよければ、もう1回オレと友達になろう?今度は絶対忘れないから」 オレの言葉に顔を歪めた有馬は、少し間を置いてからこう言った。 「…オレと大和は、友達じゃなかった。皆に隠れて、付き合ってたんだ。…大和は平気かもしれないけど、オレはもう友達とか、無理だから」 その言葉に、オレは頭が真っ白になる。 (付き合っていた?オレと有馬が?) 信じられない。だけど付き合ってたのなら、いろんな表情の有馬の写真があるのが納得いく気もする。 「…信じられない?…気持ち悪いと思う?」 その言葉に、整理のつかないままの頭をブンブンと横に振る。 「そっか。オレたちは付き合ってたっていっても…大和はさ、オレを大好きだったわけじゃないよ。普通に女の子が好きったのに、オレがしつこく迫って、それで付き合ったんだ。だから記憶なくさなくても、いつか大和が女の子がいいっていう日が来るんだろうなって…オレはずっと思ってた」 (…なんて顔しながら言うんだよ) 涙をこらえてわずかにほほ笑む有馬に、今度はオレが泣きそうになる。 「大和とちょっとでも付き合えただけでも、本当に奇跡だったんだ。だからこんな風になったけど…いつかは来るはずだったのがちょっと早まっただけだから、大和が気にすることは何もないんだ。…だけど、今更友達とかは無理だ。大和に彼女ができて、そばで見てるなんて絶対無理。もう戻れないなら、オレにはかかわらないで欲しい」 涙を溢れんばかりにためたまま、それもでこぼさずに言い切った有馬に、思わず胸を抑える。 罪悪感だけではない、この胸の張り裂けそうな苦しさはいったいなんなのか。 泣き虫なくせに、好きな人に忘れられて、彼女作られて、友達になろうと言われて…それでも相手を攻めない有馬は、なんて強いんだろう。 オレは無意識に有馬を抱きしめていた。 「有馬、ごめん、ほんとごめん。オレが馬鹿なせいで…有馬をこんな傷つけて」 突然の抱擁に有馬は少したじろんだが、オレは力を強めて逃がさなかった。 「…ずっと一人で泣いてたのか?」 その問いに、返事はなかったが、徐々に嗚咽が聞こえ、オレの肩は涙で濡れだした。 「…なんでだよ。大した怪我ないって聞いてたのに…なんでオレのことだけ忘れてんだよ…」 「…ごめんっ」 目頭が熱くなる。 …オレ、有馬のこと、好き なんだ。 だってオレは、胸がこんなに苦しくなるの知らない。 大好きだと思っていた桜ちゃんといても、こんな感情持ったことがない。 本気で泣き始めた有馬は固くしてた体の力を抜き、すっぽりと俺の胸に体を預けた。 その抱き心地に何とも言えない既視感。…オレはこの抱き心地を知っている。 オレは気づかないうちに何より大事なものを忘れてしまってたのか。 「…なぁ有馬。お前の誕生日か、付き合った日教えてくれないか?」 「…なんだよ、急に」 「たのむ」 「…3月9日。付き合った日も誕生日も、同じ日だよ」 3月9日。二度と忘れないようにその日を胸に刻む。 きっとそれが、オレの思い出せなかったあれなんだろう。 あれを開ければきっと、わずかでもオレの無くしていた思い出に出会えるに違いない。 それで記憶が戻るのか、戻らないのか。 …たとえ戻らなくても、オレの気持ちはもう、決まっている。 終   2014.11.12 (記憶喪失×健気)

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