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第2話 男子高校生のフラグ・9

 薬を飲んだ時に着ていた服などは一緒に透明化し、新たに身に着けた物は透明にならない。準備万端で昼休みを迎えた俺は、ひとまずトイレに駆け込んで慎重にビンの蓋を開けた。 「これ浴びて三年の校舎に行って、天和に事情を説明して、どっか移動して飯食ってもいいよな。天和が朝コンビニで俺の飯も買ってきてくれたみたいだし、今日はゆっくり昼休みを楽しむぞ!」 「炎樽、嬉しそう」 「嬉しいよ! マカ本当にありがとう!」 「思いっ切り振りかけろ、炎樽!」  自分にも香水がかかるよう俺の近くを飛びながら、マカロが嬉しそうに宙返りを繰り返す。 「行くぞ!」  小さなビンを頭上に掲げ、中身を全て自分の体へ振りかける。ピンク色の液体とラメがキラキラと降り注ぎ、俺はその瞬間、最高の気分になった。  ───。 「どう?」 「おお! 炎樽、完全に見えなくなったぞ!」 「本当っ? 完全なる透明?」 「完全に透明! 全然見えない!」 「マカの姿も見えない!」 「やった!」  俺達は互いの姿が見えないながらも何となくでハイタッチをし、意気揚々とトイレを出た。 「マカ、付いてきてる?」 「見えねえけど、炎樽の匂いにくっついてってるから大丈夫!」 「流石!」  悠々と廊下を歩き中庭へ出て、忌まわしき三年の校舎へ入る。一年二年のそれと比べて明らかにどす黒く、ヤニの匂いが酷い。今までは走っていたから気にならなかったけど、こうしてゆっくり歩いているとまさに「悪の巣窟」って感じだ。  こんな場所で彰良先輩みたいな人も授業を受けているのか。真面目な生徒には可哀想すぎる環境だ。  ガラの悪い生徒達が廊下で座り込み、ジュースを飲みながら馬鹿笑いしている。時折誰かの怒号が聞こえ、また笑い声が響き、何かが倒れたり物がぶつかる音がして、また誰かが怒鳴り、皆が笑う。  ここはスラム街、もしくはコンビニ前か。透明化していなかったら絶対歩けない──と思うものの、実際に下級生がここを歩いていても特に絡まれたり事件が起こることは殆どない。このドヤンキーな三年生たちも、同じ学校の生徒には優しいからだ。そうじゃなきゃ、わざわざ三年の校舎に購買部なんて設けない。  追い回されていたのは俺だけ。だけど今日はそれも無し、平和な昼休みだ。 「天和のクラスはE組だから、三階だ。マカ、付いてきてる?」 「いるぞ。炎樽の匂い独特だからばっちりどこにいるか分かる」 「そういえば、その匂いってのは周りに気付かれないのか?」 「当然、匂いは伝わるぞ。炎樽が歩いた後、男達が変な顔してる」 「えっ?」  振り返ると廊下に座り込んでいた生徒達が黙り込み、見えないはずの俺の方を凝視している。 「………」 「何かムラムラしねえか?」 「する」  ──やばい。一番の元凶である俺の匂いが伝わってしまうんじゃ意味ないじゃないか。 「大丈夫だ炎樽。視覚で捉えられない以上、あいつらが追っかけてくることはない。ちょっといい匂いするなー、くらいの感覚だ」 「ほ、本当かよ……?」  どうにも怖くて仕方ないが、マカロの言う通り誰も俺を追ってはこない。すんすんと鼻を鳴らしながら気まずい顔で赤くなっているだけだ。  薬の効果は絶大で、俺は難なく天和の教室へ辿り着くことができたのだった。

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