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第4話 ナイトメア・トラップ・8
次の瞬間に俺を包み込んだのはガラス片ではなく、暖かな温もりだった。天和の腕に抱かれ間一髪のところでガラスを避け床に倒されたのだ。
俺はその嵐のような混沌の夢の中で、心の底から声を上げた。
「天和! き、来てくれるって、信じてた……!」
「あんだけ喘いでて、嘘言ってんじゃねえっ、アホか!」
「アホってなんだよ!」
暴風で互いの声が聞き取りづらく、俺も天和も耳元で怒鳴るように声を張り上げる。
「ていうかお前だって、十八センチなんて嘘だろ! デカいのは認めるけど十八は絶対嘘!」
「嘘じゃねえ、測ったことあんのかてめぇ!」
違うだろ、そんなこと言ってる場合じゃない。
今しか言えないこと。
今伝えたいこと。
「天和、……俺。……お、俺……!」
今、一番言わなきゃいけないこと。
「お前のこと、……ちょっとは、好きかもっ──!」
───。
「炎樽ッ!」
ガクンと上半身が揺れて、目が覚めた。
「……あ、あれ……?」
「大丈夫か。急に立ち止まって動かなくなったと思ったら、……」
「天和……」
気付けば俺は保健室の前に立っていた。そうだ。天和と話して、マカロがいないのに気付いて、保健の先生が夢魔だって、聞かされて……。
『春の虫歯撲滅運動! 虫歯ゼロは日々の歯磨きから。大切な歯を守りましょう!』
壁のポスターが変わっている。イラストは歯磨きをしている少年で、口の中の拡大図として描かれた絵の中では、悪魔のようなバイキンが歯ブラシの戦士に顔面パンチされて目を回していた。
「一人で入るのは危険だ。まずは俺が行って、様子を見てくる」
「……だ、駄目……。駄目だ天和っ、入るな!」
ノブに手をかけた天和が思い切りドアを開き、ずかずかと中へ入って行く。俺も慌てて廊下から中の様子を伺ったが、別段おかしな所はなく、そこには見慣れたいつもの保健室の風景が広がっていた。
中央に六つの机が三つずつ向かい合うように設置されている。あれは生徒達が座って談笑できるようにと、前の保健教諭だった井川先生が作ったトークスペースだ。その奥に事務用デスクがあり、ガラス戸付きの棚には消毒液や包帯、スプレーに湿布薬などがあり、本棚には興味をそそられる人体の不思議的な本がたくさん詰まっている。
パーテーションの向こうには三つのベッド。ヒーターが丁度良く室内を温めてくれていて、俺もよく授業をサボッてここで寝かせてもらっていたっけ。
そして──
「やっほー、炎樽に天和」
「マ、マカ? お前、どこ行ってたんだよ!」
見ればベッドの上にあぐらをかいていたマカロが、ニコニコと笑って俺達に手を振っていた。
「ちょっと眠くなって、サバラに頼んで寝かせてもらってたんだ。お陰ですっきりしたぜ」
「サバラって、……砂原先生のこと? マカロの知り合いなんだっけ?」
呟いたと同時にパーテーションの横から砂原先生が顔を出し、「冗談じゃねえぞ全く」と吐き捨てた。相変わらず綺麗な顔なのに、マカロの前だと実は口が悪いのだろうか。
「よく分かんねえけど……何かコイツ見てると、無性に一発殴りたくなってくるんだけど」
天和が砂原先生の前に立って言った。その言葉に砂原先生の顔が青くなり、サッとパーテーションの裏へ隠れる。
「や、やめとけよ天和。一応先生なんだから」
「サバラは俺の親父に言われて、俺の手伝いをするために来てくれたんだ。幼馴染で、ちょっと俺よりエロいし悪戯好きだけど根はいい奴だよ」
「ふうん……。夢魔が先生って、何か変な感じだな……」
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