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十六夜の月(サンプル)

「男と寝るの、初めてなんだ。俺」  シャワーを浴び、バスローブ姿で男の前に立つと爽やかにそう言われた。 「……わかりました」  そんな客もままいる。桐島敦司(きりしまあつし)は音もなく近付くとそっと男の頬に唇を寄せた。胸に手を当てるとぐっとそれを掴まれた。熱い。熱でもあるかのように男の両手は熱かった。 「お客様?」 「不破だ。不破義隆(ふわよしたか)。名前で呼んでくれ」 「……不破、さま」 「そうじゃない」  唇を重ねる。舌を絡めるその様子は不慣れには見えなかった。桐島は肩の力を抜いて不破の腕に身を任せる。 「義隆でいい」 「……義隆、さん……」 「君の名前は?」 「……敦司、です。桐島、敦司」 「敦司くんか。かわいい名前だな」  二十歳の自分と二回りは違うのだろうか。桐島の客は男も女も年上が多く、誰もが子供扱いする。確かにまだ子供かもな、と桐島は冷めた目で男を見る。やることはやるくせに。ベッドに倒されて不破の背に両手を回す。バスローブを脱がされると不破はまじまじと桐島の身体を見つめた。 「綺麗な子だと思っていたけど、やっぱり身体は男なんだね。不思議だ」  少しでも女のように思えれば抱く気も増すのだろうか。この男がなぜ同性を抱く気になったのかはわからないが桐島には興味がない。黙ってただ不破の次の動作を待つ。 「VIP、ですか」 「そうだ。しばらくおまえに受け持ってもらう」  オーナーの阿久津(あくつ)にそう言われ桐島は黙り込んだ。モデルクラブ、と銘打ってはいるが高級出張ホストの店だ。つまりほぼセックスが客との契約内容になる。いつも黒のスーツを嫌味な程にスマートに着こなしている阿久津と話せるホストはほとんどいない。何人かの部下が仲介をして仕事は回されているようだが桐島のようにトップクラスになると阿久津がスケジュールを組んでいる。どうせあくどい商売をあちこちに展開しているのだろうと思っているが余計な口は一切利かない。親の借金を返すためには阿久津の言うことを粛々とこなさねばならない。しかしVIPクラスの客となると気を引き締めなければ、と思う。 「期間は俺がいいと言うまでだ」 「……わかりました」  一礼すると桐島は早々に部屋を出ていこうと背を向けた。 「言うことは何でも聞いてやってくれ」 「…………?」  当たり前のことを言われて不思議には思ったが頷いて部屋を出る。 ──黒沢。  大丈夫。黒沢がいつもこの心の中にいるから。すべてを受け入れていける。  桐島は軽く拳を握って歩き出した。 ……続く

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