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※誰にも渡さない。
会社が入ったビルが建築年数うんぬんで取り壊しになる。
誠一さんからそう聞いた時、あまりに驚きすぎて言葉が出なかった。
が、そのすぐ後、このおっさんは「お引っ越しはすぐ近所だぞ」といつものニヤリ顔で笑った。
元のビルから徒歩三分、引っ越し先のビルはこれまでのビルより遥かに大きく立派だった。
ビルのオーナーは同じ。誠一さんにどんな弱みを握られているのかは知らないが、ご愁傷さまとしか言いようがない。
いくら電子化が進んだとはいえ、紙での保管は無くならない。差し当たって必要がないが破棄することのできない書類やファイルを片っ端から段ボールに詰めていく作業。
飽き性の遥さんはすぐに手が止まった。
事務所には遥さんと真由ちゃんと俺。
飽きた遥さんがよいしょの声と共に立ち上がり、台車を転がしてくる。
「気分転換兼ねてこれ運んでくる」
「一人で大丈夫ですか?」
俺の言葉に遥さんが噴き出すように笑った。
「俺は小学生か」
帰りにおやつ買ってきまーす、と手を振って遥さんが出て行くと真由ちゃんが大きく息を吐きだすのが聞こえた。
「真由ちゃん、具合悪い?」
俺の言葉に首を振って真由ちゃんが困ったような顔で笑う。
「広い所に移るのは嬉しいんですけど、新しい人がどんな方か気になってて。誠一の話しだと若いらしいし…」
「あぁ…」
「挨拶に来るって言ってたの、今日でしたよね?」
そう言いながら真由ちゃんが見上げた時計、誠一さんから伝えられた時間はとうに過ぎていた。
広くなる事務所に少しずつ手を広げてきた仕事、誠一さんから新しい仲間を迎えると告げられた時、喜びの感情だけではなかった。
「まずはお試しだって誠一さんも言ってたから大丈夫ですよ」
そう言うと、真由ちゃんはそうですねと無理に笑顔を作って笑った。
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