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排水溝に吸い込まれていく水の流れがやっと止まった。 「歩道橋で言ってたな」 浴室の壁に背中を預けて放心していた岬は、古くさいシャワーの蛇口を捻って締めた志摩を見上げた。 「同種のよしみで、単なる同情で慰められてるだけだって」 ……今、センセェ、俺にキスしたよな? ……気のせいじゃねぇよな? 「そこまで純粋に面倒見のいい淫魔じゃないよ、俺は」 眼鏡を外し、ポケットから取り出したハンカチでレンズの水滴を拭った志摩に、岬はしかめっ面になる。 なんでもないことのように初めてのキスを掻っ攫われた。 動揺しているのは自分だけ。 掻っ攫っていった教師は冷静に眼鏡を拭いたりなんかして、その真意がまるで読めず、不貞腐れたヤンキー淫魔はそっぽを向いて吐き捨てた。 「現に俺は慰められっぱなしだったじゃねぇか」 対等なセフレですらなかった。 センセェから求められたことなんか一度もなかったーー 「俺もお前に慰められてたよ」 志摩はそう答えると岬の頬を一撫でした。 「この体に()れてるだけで気持ちよくなって、俺にひどく感じてる様を見ていたら他のことは何も考えられなくなった」 岬は奥歯をギリッと食い縛った。 怖いくらい胸が張り詰めて、心がざわめいて、気が遠くなりそうで。 意識を鮮明にするため拳を握って掌に爪まで立てた。 「どうした、俺のことグーで殴るつもりか」 「ち、ちが……だって……他の淫魔にだって」 「うん?」 「俺みたいな生徒、過去にもいただろ? 慰めてやったんじゃねぇのかよ? 前に阿久刀川サンの店で黒須サンに言ってたじゃねぇか……」 『同種の教師として可能な限りの手助けをしているだけです』 「他の生徒にもホイホイ手ぇ差し伸べてきたんじゃねぇのかよ?」 「ホイホイ差し伸べてなんかいない」 あっさり回答されて岬は逸らしていた視線をものものしげに志摩へ投げつけた。 「嘘つけ!!」 「嘘じゃない。話をする程度でここまで構ったことはない。なぁ、岬。どうして泣きそうな顔してるんだ」 「し……してねぇ、見んな、あっちいけ。つぅか水ぶっかけられる必要がどこにあったんだよ、クリーニング代早く寄越せ!!」 志摩は不意に不遜な笑みを浮かべた。 不自然なまでに俯いて顔を隠した、自分の感情を読み取られまいと躍起になっている岬に告げた。 「御立派なお友達の痕跡を手っ取り早く洗い流したかっただけさ」 阿久刀川から連絡をもらい、彼の店周辺に岬がまだいるかもしれないと、急ぎ足で歩道を進んでいたときに見つけた。 歩道橋の欄干にもたれた岬。 特別な教え子に寄り添っていた濡宇朗。 歩道橋の上と下、数十メートルの隔たりをものともせず肌身に伝わってきた、親鳥と雛みたく仲睦まじげな雰囲気。 共に宵闇に染まった二人を見上げて志摩が感じたものは紛れもない嫉妬だったーー 「テメェが言うな!!」 岬は足元に転がっていたシャワーホースを拾い上げるや否や志摩に向かって大放出した。 「自分のこと棚上げしてんじゃねぇぞ!? 濡宇朗にキスされたのはどこのどいつだ! この隙だらけ教師が!」 すぐに蛇口を捻って止めたものの、岬と同じく頭からずぶ濡れになった志摩は眼鏡を外した。 「クリーニング代はチャラでいいな」 「ブレザーは高ぇんだよ! 大体っ、阿久刀川サンとはどーなんだよ!?」 「はい?」 「ヤッ……な、なんかいろいろシた仲なんじゃねぇのかよ!?」 「ありえない」 鬼の形相になりかけていたヤンキー淫魔は。 有無を言わさず志摩に抱き寄せられ、びしょ濡れになった制服の下であれよあれよという間に体中発熱させた。 「大体、お前こそいつの間にあんな悪友つくって、どういうつもりなんだか」

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