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オレ、先輩の事を幸せにします!(1)

高校の最寄り駅までの通学路。 早咲きの桜がちらほら咲き始めている。 「もう、会えなくなりますね。チアキ先輩」 「そうだな。ノリ」 今日は、オレが所属する男子バドミントン部で、先輩を送る会があった。 その帰り道、オレとチアキ先輩は肩を並べて歩く。 「よく一緒に帰りましたよね。部活の帰り」 「ああ……そうだな」 チアキ先輩は、青空を眺めて言った。 オレは、そんなチアキ先輩をまぶしげに見る。 これで、一緒に帰るのが本当に最後なんだよな。 そう思うと胸が締め付けられる。 寂しくて、寂しくて、目頭が熱くなる。 やばいな……。 オレも、青空を眺めて涙がこぼれないようにした。 チアキ先輩は、オレの憧れ。 チアキ先輩は、バドミントンが取り分け上手かった、というわけではない。 むしろ、先輩の同学年の中では、成績はあまり芳しくなかった方だ。 それは先輩の小柄で華奢な体つきが原因だった、というのも少なからずある。 にもかかわらず、先輩の部活動に対する取り組みは、誰よりも真剣で一生懸命だった。 だから、練習は厳しく、オレ達後輩からは『鬼のチアキ先輩』と恐れられた。 とはいえ、誰がしも、同時に尊敬の念を抱かざるを得なかったのも確かだ。 オレは、そんなチアキ先輩に、心底憧れた。 目を閉じると、オレを応援してくれた先輩の数々の言葉が頭に思い浮かぶ。 「ノリ、頑張れ! 俺も付き合うからさ!」 「ノリ、いいぞ! その調子でいけば勝てるさ!」 「ノリ、気にするなよ。また、明日頑張ろうぜ!」 「ノリ、やったな。やったな。あぁ、俺も嬉しいぜ」 数多くいる部員の中で、オレの事はすこし特別に「ノリ」とあだ名で呼んでくれた。 別にオレはエースでも何でもなかったのに……。 一歩先を歩くチアキ先輩が振り返って言った。 「そういえば、これ。俺達、卒業生から。みんなで食べて。手紙も入れてあるから読んでくれ」 「ああ、すみません……」 チアキ先輩からお菓子の紙袋を渡された。 餞別の返礼の品なのだろう。 チアキ先輩は、オレの顔をじっと見つめる。 「後の事は、ノリ、お前に頼んだぞ。お前に任せれば俺は安心なんだ。ふふふ」 「えっ? そっ、そんな……オレ、先輩いないと不安っすよ。ははは……」 「そんな事ないよ。お前は自分が思うよりしっかりしているから!」 チアキ先輩は、にっと笑った。 柔らかくて温かい。 オレはその笑顔が見れるだけで、幸せな気持ちになれる。 先輩は、背が低いだけではない。 顔立ちも、男子にしては小顔で色白。 ぱっちりとした目元に長いまつ毛。 さらさらの髪の毛が、風でふわっと揺れる。 すこし幼く、中性的なその容姿からは、『鬼のチアキ先輩』なんてあだ名は想像もつかない。 ただの癒し系のアイドル。 オレは、そんなチアキ先輩の姿が視界にはいると、胸がざわざわして落ち着かなくなる。 そうだ。 そうなのだ。 オレは先輩に単に憧れているだけじゃない。 チアキ先輩を、『好き』なのだ。 可愛くて、可愛くて、そして愛おしくてしかたがないんだ。 ああ、先輩……。 オレ、先輩のこと、好きです。 愛しています。心から、先輩。 オレは心のなかで呟いた。 ふと、チアキ先輩の声で我に返った。 「ん? どうしたノリ?」 「えっ? ああ、なんでもないっす」 「ふふふ。ならいいけど」 オレは慌てて取り繕う。 やべぇ、つい妄想してしまった。 オレはここ一週間、実は先輩に告白しようかどうか迷っていた。 もう、二度と会えなくなるかもしれない。 この気持ちを伝えなかったら、きっと一生後悔する。 しかし、出した答えは、『告白しない』だった。 以前に、先輩の誕生日にプレゼントを贈ったことがあった。 そこで、オレはついうっかり、「チアキ先輩って、可愛いですよね」と本音を漏らしてしまったのだ。 それを聞いたチアキ先輩は顔を真っ赤にして、 「お前! 男に可愛いとか言うなよな! ノリ! 二度と言ったら承知しないぞ!」 とカンカンに怒った。 周りの先輩方が、「まぁ、まぁ、そう怒るなよ、チアキ」となだめてくれてその場は収まった。 もし、あの時、先輩方のフォローがなかったら、と思うとそれは恐ろしい。 オレはあの時、 そっか……先輩は、女のように扱われるのが嫌なんだ。 だから、男らしくあろうとしている。人一倍、自分に厳しくして。 そう思った。 その事が、ずっと頭の片隅に引っかかっていたのだ。 そんなチアキ先輩に、男のオレが告白だなんてしたら、どうなるか? 「なんで、男のお前が俺に告白なんてするんだ? お前は俺が女に見えるのか!」 そう……絶対に先輩を傷つけてしまう。 そして、同時に失望させてしまうだろう。 せっかく目をかけてやったのに、裏切ることをしやがって、と。 だから、先輩とオレは、男同士の師弟関係、男同士の友情がふさわしい、と結論づけた。 オレとチアキ先輩の歩む先には国道が見えてきた。 国道の先は、最寄りの駅。 ああ、いよいよ、終わり。 オレと、チアキ先輩の時間も、これで本当に終わりなんだ。 チアキ先輩はオレの背中をバン、っと叩いた。 「じゃあな! 頑張れよ。ノリ!」 ジーンと背中に響く。 「痛いっすよ……先輩。先輩こそ、お元気で」 オレは虚勢を張って、いつもどうりの口調で答えた。 先輩は、片手を上げると、何かつぶやいた。 またな……。 きっと、そんな言葉。 先輩の背中を見送る。 オレの頬を涙が伝わるのが分かった。 だめだ……。 このまま、先輩を行かせてしまっては……。 「チアキ先輩! まってください!」 オレは、大声でそう叫んでいた。

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