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第4話 真人

仕事を終えた慧は、ちらりとまだデスクに残っている理人を見た。 居酒屋で置き去りにされてから、どんな顔をして接していいのかわからなかった。怒っているのか、気にしていないのか、理人の様子は変わらない。 病院を出ると、すぐに携帯の呼び出し音が慧の鞄の中で鳴り響いた。 「はい、萩野です」 『もしもし、慧?悠介だけど』 「おー、久しぶり!どしたの」 『今日、POWDERでイベントあんだけど・・・一緒に行くやつ仕事で行けなくなっちゃって・・・慧、行かね?』 「あー・・・いいけど、イベントって何?」 『マッチングパーティーみたいなもんだよ。今フリーでしょ』 「まあ・・・うん」 慧は電話を切って、暗い画面を見つめてため息をついた。 フリー。 そもそも慧は、特定の相手がいたことがない。 中学生の時に男が好きだと気が付いて、高校を卒業するまで悩んでこじれて、それを振り切るように勉強し、薬剤師になった。 一晩限りの相手は数え切れないほどいたが、それだけだった。 ふと、理人の顔が浮かんだ。 一目惚れだった。 理人が「美人」だと、言い出したのも慧本人だった。 黒瀬のことを言うのは賭けだったのだが、最もまずい方向に行ってしまった。 おまけに理人は、あの夜口止めもしなかった。 ゲイだと見透かされてしまったのは、やはり同じ匂いがするのだろう。 慧は、もう一度ため息をついて歩き出した。 「慧、こっちこっち!」 「おー・・・すごい人だな」 悠介が慧に大きく手を振った。 会場にはたくさんの出会いを求める男たちがひしめきあっていた。 悠介は慧に、ビールの入ったグラスを手渡した。 「悪ぃ、急に呼んで」 「いーよ、暇だったし。よさそうなの、いた?」 「いや、それがばったり上司に会っちゃってさ、気まずいのなんの・・・」 「うわ、そりゃ気まずいな」 「そうなんだよ、ほら、あそこ・・・」 悠介が指を指した先に立っていた男は、こちらに背を向けていた。 談笑しながら、少し角度が代わり、その顔が見えた時、慧は呼吸が止まった。 「長谷川さん・・・?」 慧のつぶやいた声が小さくて、悠介は、え?と聞き返した。 振り向いた男の顔は、長谷川理人そのものだった。 違ったのは、肩に届く長髪と、日に焼けた浅黒い肌。スポーツをしていると一目でわかるバランスよく筋肉のついた身体。ジャケットの中はラフなTシャツで、ヴィンテージ風のデニムを履いている。色白で線の細い理人と同じなのは、顔の造形だけだった。 「あの人・・・」 「え、なに慧、まさか堀さんと知り合い?」 「堀さん・・・?」 慧と悠介の不躾な視線に気づいたのか、堀という男が振り向いた。 見れば見るほど理人にそっくりなその顔に、慧は見とれた。その間に、悠介が堀に近づき、何かを話している。 そして気づくと、悠介と一緒に堀がこちらに歩いてきていた。 「萩野くんだっけ」 堀と名乗ったその男は、声まで理人に似ていた。おそらく体格は理人よりも若干大きいと思われたが、ちょっとした仕草や、口調までもがよく似ていた。 「は・・はい。さっきは不躾に、すいません」 「いや・・・新手のナンパかと思って、面白かったよ」 「す・・・すみません」 慧は、自己紹介の代わりに、前にどこかで会ったことはないかと聞いてしまった。悠介が横で腹を抱えて笑い、堀は目をぱちくりさせていた。 「新手ってゆーか、古典的っすよね・・・ホントすみません」 「気にしないで。萩野くんは、相手を探しに来たの?」 「あ、や、悠介、じゃなくて藤島が、一緒に来てくれって・・・」 悠介は慧と堀が話し出した頃に、好みのタイプを見つけて二人の側を離れていた。 「あの・・・堀さんは?」 「俺も友達の付き添いでね。彼は早々にいい子を見つけたみたいで、ほら」 堀が親指で示した先で、悠介と、堀の連れらしい男がやたら近い距離で話しているのが見えた。 「あ・・悠介・・・」 「うまくいったみたいだ」 「はは・・・」 慧は乾いた笑いで返して、ソフトドリンクを飲む堀の横顔を視界の端で確認した。理人とは違う、と思っても、どうしても意識してしまう。 「あの・・堀さん」 「ん?」 「付き添いって言ってましたけど・・・大丈夫なんですか、こういう雰囲気」 「大丈夫って?」 「その・・・ここにいるの、みんなゲイですよ」 堀はまた目を見開いた。そして笑い出した。首を傾げる慧にごめんごめん、と堀は言った。 「あの・・・?」 「なるほど、そう見える?確かによく言われるよ、ノンケっぽいって」 「じゃあ・・・」 「そうじゃないと、こんなところ出入りしないよ。藤島くんは驚いてたけどね」 「悠介・・藤島の上司さんなんですよね」 「そうです。あ、これ、名刺」 堀がジャケットの胸ポケットから、黒地に白い文字の並んだ名刺を取り出した。 そこには、海外進出もしている有名ブランドの名前と、ジュエリーデザイナー、堀 真人(ほり まひと)、と書かれていた。 「堀 真人です。よろしく」 そのよく似た名前の響きに、慧は、理人を思い出さざるを得なかった。

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