毎日昼飯がスーパーの惣菜となると、やっぱりちょっと飽きてしまう。 そのため行きつけの定食屋へやって来たけど、今日は外へ出るのをやめておけば良かった。 店を出た途端、吹き荒ぶ冷たい風に襲われて堪らず身を縮こませる。 物寂しい秋から人肌恋しくなる冬へと、季節の移ろいをしんみりと感じていれば、スマートフォンが着信を告げた。 電話のようだと相手を確認して危うく端末を落としかけた。 表示されているのは充輝の名前ではないか。 昨日送った「ハンバーグが食べたいです」のメッセージに関する返信も届いていない中での電話連絡だ。 何だ、どうしたと戸惑っている間に電話が切れてしまっては大変だと思い至り、急いで通話ボタンをタップする。 「はいっ、もしもし……」 『久保義彦さんですか？』 「……そう、ですが…………」 相手は充輝ではなかった。 困惑するこちらを気にした様子もなく、男は名乗った。 『私、長谷川充輝のマネージャーの佐倉と申します』 「マネージャー……」 充輝の番号からマネージャーが電話をしてきている。 これは一体どういう状況なのだろう。 『突然すみません。今、少しお時間よろしいでしょうか』 丁寧な口調で尋ねてくるものの、拒むことを許さない圧が声音から伝わってくる。 訳もわからぬままとりあえず了承すれば、相手はそのまま続けた。 『先日、暴漢から充輝を助けて下さったと本人から聞きました。私からもお礼を申し上げます。ありがとうございました』 感謝の言葉も淡々とした口調のせいか、冷めた印象を受ける。 「いえ、そんな大したことは……」 『その後も、充輝が色々言ったようで、申し訳ございませんでした』 「色々……？」 『えぇ。自宅で話をしたと聞いています』 「あぁ…………」 そう言われて思い当たるのは充輝の告白だった。 青天霹靂過ぎて大いに混乱はしているけれど、だからと言って謝罪されるようなことではない。 否定しようとしたところ、続く言葉に俺は耳を疑った。 『本人も軽率だったと反省していまして、どうか忘れてやって下さい』 「え」 なんだ、それは。 軽率と言うのは「あの告白が」ということか。 あれが本意ではなかったというのか。 「ちょっと、待って下さい」 『その場の雰囲気に流されてしまったと言っておりまして』 「流されたって…………」 真摯に気持ちを打ち明けてくれて、俺への好意を一生懸命告白していた。 あの姿が出来心だと言うのか。 充輝がとてもそんな人だとは思えなくて、彼と直接話をしたいと申し出ようとした。 ところが、そうした出方も相手は想定していたらしく、タイミングを計ったように阻まれた。 『充輝も大事な時期に入っているので、温かく見守っていただければ幸いです』 充輝は今、テレビドラマの主演を務めていた。 俺も楽しみにしていて、毎週欠かさず録画している。 また年の瀬には全国数カ所でライブも行うと発表し、相変わらず雑誌の表紙も飾り続けている。 幅広い活動を見ていれば、裏側での苦労も相当であることは想像に難くない。 ふと、何故この男がわざわざ俺に連絡してきたのか、何となく察しがついた。 「………………わかりました」 そう答える以外、言葉を見つけることができなかった。 苦々しく了承すると、加えて男は告げる。 『最後にもう一つ。充輝のセクシャリティについてはくれぐれも他言しないようにお願いします』 この人もまた知っていたのか。 マネージャーというのはそういうものなのだろうか。 極めてデリケートな部分だからこそ、充輝とこの男との親密な部分を垣間見てしまった気がした。 同時に、見ず知らずの相手とは言え、失礼ではないかと憤りも覚えた。 そんなことする訳がないだろう。 「もちろんです」 顰めっ面できっぱりと言ってやった。 墓場まで持って行くつもりだとも言ってやろうかと思ったけど、一方的に吠える姿は何だか滑稽に見えてぐっと堪える。 それでも相手はさらに念を押した。 『そうですか。充輝のためですので、何卒よろしくお願いします』 用件が済むと、電話は呆気なく切れた。 茫然としながら画面を見れば、表示されていたのは充輝の名前とたった数分の時間だ。 「…………釘を、刺されたんだろうな…………」 充輝がマネージャーと何を話したのかはわからないが、俺は要注意人物とでも扱われたのだろう。 それもそうだ。 偶然出会っただけの人間が連絡先を知っているどころか、彼の言わば「秘密」を握ってしまったのだ。 マネージャーとして由々しき事態だと危険視するのは正しい判断だろう。 心配性なのだと充輝も話していた。 路側帯でぼんやりと佇んでいたため、走ってきた車にクラクションを鳴らされてしまった。 気を取り戻し、とりあえず店の事務所へ戻ろうと足を進める。 人のスマートフォンを使ってわざわざ直接電話をしてくるぐらいだ。 充輝とマネージャーの間で何かが起こっているのは確実だ。 しかも、その原因となっているのが他でもない自分。 「……もう……どうしろってんだよ……」 混迷は収まらず、抱えた頭が重過ぎて首がぽっきりと折れてしまいそうだ。 マネージャーがこちらを牽制してくるということは、裏を返せば、それだけ充輝の気持ちも窺い知れる。 決して彼の告白を疑っている訳ではないけれど、好意を寄せられていることへの戸惑いはやっぱり拭い切れない。 だって、あの長谷川充輝だぞ。 「久保さーん、探しましたよ。どこ行ってたんですか？」 「あぁ、ごめんなさい。何かありました？」 パートさんに声を掛けられ、俺は放棄するように考えることをやめた。 非日常から日常へと戻るように、彼女の後をついて売り場へと向かう。 その後、「ハンバーグが食べたいです」というメッセージの返信も来ることはなく、やりとりはぱったりと途絶えてしまうのだった。