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第11話(10/19修正)

休み明け、事務所で正月商戦に向けての最終確認をしているところに、アルバイトの三木がもの凄い勢いで現われた。 「久保さん! 聞きました! 充輝くん、ウチに来たって本当ですか!!」 社員が皆出払っているとは言え、あまりの興奮度合いに、とりあえず声量を抑えるよう注意した。 「そう、だけど……何、噂になってるの?」 彼女は一昨日出勤ではなかったはずだ。 だとすれば、誰かから話を聞いたのだろう。 人の噂ほど厄介なものはない。 あることないことがあっという間に広まってしまう。 特にここにはパートにもお客さんにも拡散力の強いおばさま層がいる。 それとなく、どんな話になっているのか聞いてみようと思ったのだが、三木のテンションは今までに見たことのないくらい上がっていた。 「あーっ、もー! なんて惜しいことしたんだろっ。こんなにもバイトに来ておけば良かったって思ったことないです、私!」 「そ、そう……」 三木は充輝のファンだったのだろうか。 彼女が自分から充輝の話をするなんて今日が初めてのような気がするんだけど、これは一体どういうことなのか。 「三木ちゃん、充輝のファンだったの?」 「久保さんほどではないですけど、今をときめく芸能人じゃないですか! 私もナマで見たかったな~!」 なるほど、要はミーハーなのかと納得しているところへ、三木はさらに問うてくる。 「で、久保さん。どうでしたか、充輝くん。握手しました?」 「えぇ?」 「ファンの子と握手してるところに割り込んだって聞きましたよ。そのまま握手させてくれって迫ったんですか?」 「………………」 ファンであることを公言していると、こういう噂を流されるのか。 とんでもないイタいファンに成り下がっていることに一瞬言葉を失ってしまった。 このままでは俺の人間性が大いに誤解されてしまう。 「いやいやいやいや。そんな訳ないだろ。キャーキャー騒いでて近所迷惑になるからって止めに入ったんだよ、俺は」 「えー、そうなんですか?」 「そうなんです」 「っていうか、充輝くんにそんなこと言ったんですか?」 ナチュラルなアイメイクを施した可愛らしい目が俺を責めてくる。 まるで悪者扱いだ。 そんな目を向けられる筋合いはないと見返すと、彼女はあっさりと話題を変えた。 「でも、何でこんな所にいたんですかね? 買い物までしてたんですよ。タマネギと挽き肉と。彼女に頼まれたのかなぁ」 買った物までこうして筒抜けになってしまうとは何と恐ろしい世の中だろう。 充輝の気苦労に同情しつつ、ふとあの時、彼が言っていた「足りない物」を思い出した。 「久保さん、知ってます? 充輝くんが料理上手なのって彼女のために色々作ってるかららしいですよ。結構我が儘な彼女らしくて、お人好しな充輝くんが振り回されるんですって。わざわざあんな夜遅くに買いに来てたのも、きっと彼女に何か言われたんですよ。可哀想ー」 俺に負けず劣らずの妄想力だと感心してしまった。 そしてあの日、あのまま彼の自宅へお邪魔していたら、また手料理をご馳走になったのだろうかとぼんやりと考えた。 そう言えば、タマネギも挽き肉もハンバーグに使われる材料だ。 いや、まさかな。 「さっきから彼女、彼女って、充輝に彼女なんているの?」 「えっ! 知らないんですか、久保さん。高校時代から付き合ってる子と今も続いてるって噂があるんですよ」 有名税とでも言うべきか、充輝の熱愛報道は何度も見たことがある。 歌手に女優、タレント、そして一般人と相手は様々だったけど、高校時代の彼女というのは初耳だ。 やっぱりこの子はファンじゃないんだろうか。 でなければ、よっぽどのゴシップ好きと見える。 「でも、噂だろ」 充輝の名誉のためにも、やんわりと否定を試みたが、三木はあっさりとはねのけた。 「まぁ、ファンの久保さんの『信じたくない』って気持ちも分かりますよ。でも、あんなイケメン、世間がほっておきませんからね。ちなみに相手、相当美人らしいです」 まるで知ったような口振りで三木は話してくれるが、充輝の恋愛対象は同性だから、その話はそもそも成り立たない。 充輝は今までどんな恋愛をしてきたんだろうな。 あんなにも可愛くて優しくて料理も上手くて、おまけに一途で。 同性相手でもきっと相当モテたにちがいない。 そりゃそうだ、あんな良い子を放っておくなんてできない。 三木の言葉を借りるなら、世間がほっておかないだろう。 そんな彼がこんな俺に好意を寄せてくれていたのに、俺って奴は純粋な想いに対して何であんなことしかできなかったのか。 一昨日、充輝と別れてから何百回、何千回と繰り返した後悔の波がまた押し寄せてきた。 「あ、すみません……。そんなにショックでしたか?」 こっちはこっちでどんどん誤解していってしまう。 このままでは美人と噂の彼女の存在を知って本気で落ち込む、というさらにイタい話まで広まってしまいそうだ。 「三木さん。みんなが探してるよ」 そこへ突然声を掛けてきたのは斉藤だった。 彼の顔を見るなり、「助かった」と三木の表情が一気に安堵する。 「すみませんでした。じゃぁ、私戻ります」 ウジウジと気落ちする俺の扱いを斉藤に丸投げして、三木は足早に事務所を去って行った。 嵐のようだったと溜め息を一つ零したら、斎藤は唐突に言い放つ。 「タマネギと挽き肉と言えば、ハンバーグの材料ですね」 「………………」 話を聞いていたのか。 心の奥底で燻っていたものに突然火を放たれたみたいだった。 相手を見上げると、それ以上何を言うでもなく、見つめ返してくる。 一体どんな意図があって言ってのけたのだろう。 彼には充輝との話は一切していないのに、まるで全てを見透かされているみたいだ。 でも、そんな相手だからこそ無性に縋りたくなった。 「斉藤、今日はもう上がりだろ」 「はい」 彼は今日、日中の勤務で、ちょうど就業時間を終えた頃合いだった。 俺が何を言うのかわかっていて、尚且つ、お前の意見を聞くつもりもないということをちゃんと理解している。 そんな物分かりの良さを感じた。 「俺ももう上がるから、付き合え」 お前が焚きつけたんだ。 責任を取ってもらおうじゃないか。

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