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飲み会は少し憂鬱
「今度飲み会やるって」
二月に入って数日。仕事終わりの、夜も更けた時間。寝室に入ってきた弘樹に向けて、游太はスマホ画面を見せた。先に寝室に入って広いベッドでごろごろとネットサーフィンやアプリゲームで遊んでいたのだけど、そこへやってきた一通のメッセージ。
「ん? なんの?」
今日は風呂が遅くなったらしい。入ってきた弘樹は髪を拭く用のフェイスタオルを首からかけていた。見た目から、ほこほこ、と湯気が出そうな様子。游太はもう一時間以上前に風呂に入ってしまったので、そのあたたかさがなんとなく羨ましく見えた。寝室はしっかり暖房を入れているので寒くはないけれど。
「大学。三年のゼミ」
促すようにスマホを振ると、弘樹は近寄ってきて、ベッドに片膝を乗せた。身を乗り出して画面を見てくれる。
メッセージアプリ画面には、大学時代のクラスメイトからのメッセージが表示されていた。游太はベッドにうつ伏せになった体勢で上半身だけ持ち上げて、弘樹がスマホを受け取ってじっくりメッセージを読むのを見た。
「へー、久しぶり」
指先でスクロールして全部読んだらしい。弘樹は感慨深そうに言った。
大学を卒業してもう五年近く経とうか。今回メッセージを送ってきたのは大学生の本業、勉学のほうの友人である。
ほかに、大学では二人とも弓道部に所属していた。
というか、そこで出会ったのであるが。
地方から出てきた弘樹と、元々都内に住んでいた游太。
当然、高校は別だったから大学で初めて出会った。
とはいえ同じ学校で同じ学年で、としても、いかんせん母校の大学はそこそこ大規模。同じクラスでもない限り、同学年全員となど到底知り合えない。そこを繋げてくれたのが、弓道部だったというわけだ。
一年生で知り合ってから、卒業までずっと一緒にいた。そしてそれからの人生も。
「三月だと年度末だし異動とか転職とかするやつもいるだろうから、今のうちにってことだな」
游太にスマホを返しながら、弘樹は言った。受け取って、手元で弄びながら游太も肯定する。
「そだなー。会社勤めのやつが多いしなー」
「同期だけなら気楽かな。在校生と、っていうともうこのトシだとちょっと『邪魔しちゃうんじゃね?』って思っちまうけど」
「まったくだ」
弘樹の言葉に、游太はくすくすと笑った。
もう二十代も半ばなのだ。今、ハタチそこそこの大学生と一緒にいては、気を遣わせてしまうし、こっちも気を遣うだろう。
「で、行くの」
「行くんじゃねーの?」
游太の質問には、『そうして当たり前』と言いたげな声と表情が返ってきた。
まぁ、行くつもりではあったけれど、弘樹にそういう顔をされるのは游太にとっては嬉しいやらそうでないやらである。
「や、行くよな。じゃ、返信しとく。あ、幹事は杉井(すぎい)だってさ」
サッと終えてしまえ、とスマホのメッセージ入力画面を開いて、ぽちぽちと返事を打ち込む。メッセージアプリは短文メッセージが主なので、そう凝って長い文章は要らない。用件だけでいい。
『俺とヒロ、参加で』
用件のみだったがそれだけ送り、返信は来るだろうが、それも『了解』くらいだろうとしか思わなかったので游太はメッセージアプリを閉じて、スマホを暗転させて枕元にぽいっと放った。代わりに枕を引き寄せてあごを乗せる。
そろそろ眠くなる時間だ。枕の馴染んだ布の感触が気持ちいい。
「さんきゅ。杉井か。相変わらずマメなやつだ」
懐かしそうに言った弘樹の言葉から、幾つか大学時代の思い出の話題が出た。その話題は楽しかったけれど、游太にとっては楽しみきれないもの。
いや、普段ならこんなことはないのだけど。大学時代の話なんて、出逢ったきっかけなのだからことあるごとに話題にのぼる。
でも今、当時の仲間と顔を合わせる約束をしている状況では、ちょっと。
それは飲み会に来るかもしれない『ある存在』のためなのであった。
来ないで欲しいと思うけれど、游太は半ば確信していた。
『彼女』は来るだろう、と。そういうヤツだ。
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