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『レニティフ』のはじまり
カフェ・レニティフが完成したのもこんな季節だった。
春になる、少し前。
そもそもの発端であったのは、学生時代のバイト。游太と弘樹は大学一年生の頃からカフェでバイトをしていた。それはこのような個人経営の喫茶店ではなく大きめのチェーン店であったけれど。学生バイトも、フリーターも多かった。
カフェでバイトすることになったのは偶然だった。先輩の紹介だったのだ。
「今、バイト募集してんだよ」
「バイトしよっかなって言ってただろ。瀬戸内、接客とか向いてそうだからどうかな」
なんて、普通の誘い文句。
大学生活にも慣れたその頃、お小遣い稼ぎにバイトでもしようかと色々情報誌なんかを見ていたのだった。
確かに游太の見ていたのはコンビニや飲食店の接客系だった。社交的で友人も多く、また人見知りもしない游太は『そちらのほうが面白そうだ』『心情的な負担も少ないだろうし』という理由。
それに社会に出たとき、ひとと接する仕事を経験していたら役に立つだろうという理由も。実際のところ、それが生業になってしまったのだから、役に立つどころのレベルではなかったのだけど。
そんなわけで軽い気持ちで見学に行った。
お客としては何度か入ったことのある店だったので、店の雰囲気はなんとなくわかっていた。それにプラスして、カウンター内や厨房を見せてもらって、仕事にも少し触れさせてもらって……数日後には面接を受けて、あっさり採用してもらえた。
弘樹が入ってきたのはその一ヵ月ほどあとのことだった。
「ユウ、バイトどうよ」
ニックネームで呼び合うようになっていた弘樹がある日、昼食を食べながら聞いてきたので、游太も何気なく答えた。
「割といいカンジだよ。社員もバイトも、めんどくさいひととかいなさそうだし」
「ふーん。アタリならいいなぁ」
弘樹はまだバイト探しをして、そろそろ実際に面接に行こうかと考えているというところだったので、游太は、ふと思いついた。
「じゃ、ヒロもウチにしてみたら?」
游太の誘いに、弘樹は目を丸くした。おかずをつついていた箸もとまる。
「え、だってユウが入ったばっかだろ。そんな何人も採用するのかよ」
「春に学生バイトの卒業とかで、ひとが抜けたままなんだって聞いたんだよ。それに店にバイト募集の貼り紙、まだ貼ってあるし。まだひと、欲しいんじゃないかなぁ」
入ったばかりの身では推測くらいしかできなかったけれど、そう言った。
そうだなぁ、と弘樹はとまっていた箸を再開して、おかずの唐揚げを口に運んで頬張った。
返事はすぐだった。
「そうだな、ユウがいるなら安心だし、いいとこみたいだし。受けるだけでもしてみるかな」
すぐに決めてくれた弘樹。そこから游太が店長に口をきいて、同じように見学と体験を経て、無事採用となった。
それから卒業まで、ずっとバイトを続けていた。
というか、卒業してからもしばらく居たのだった。フリーターとして、二年近く。
就職が億劫だったから、なんて惰性ではない。バリスタ、そして経営者としての修行を積むためである。
バリスタは試験を受けなければ資格、というか肩書を得られないし、経営はもっとややこしい。資格がないぶんだけ厄介だともいえた。
卒業前。三年の半ば頃、就活がはじまる頃に弘樹が言ったのだ。
「二人で同じ仕事をしないか」と。
付き合ってまだ丸一年しか経っていなかったけれど、大学生なのだ。進路を考える時期だ。
游太は普通にどこか会社でも入ってそのままサラリーマンかなぁ、なんてぼんやりとしか考えていなかったので、当たり前のように驚いた。
でも『付き合っている相手とできるだけ一緒にいたい』という気持ちはよくわかる。いきなり将来の話……仕事ではなくプライベートの同棲やら結婚やら……を持ち出されたようで驚いたというだけだ。そのときは具体的にそういう話もなかったし、プロポーズでもなかったので、なんだか思いあがっているように思ってしまってそれは言えなかったけれど。
ともかく、『同じ仕事』についてはすぐに決めるなんてことは勿論無理だった。
「同じ会社に入るってこと?」
游太が聞いたのは一番単純なことだったけれど、弘樹は、うーん、と言った。
「それもいいけど……受けて二人とも受かるってことが、簡単にできるかはわからないから……もうちょっと確実な……」
「おい、フンワリしてんな」
游太は、つい笑ってしまった。言ってきたことは、将来を共にしたいというような固い話だったのにそれである。
でもまぁ、弘樹らしい。
思いついたら即行動なのだ。それはもう、彼女と別れた数日後に游太に告白して、自分のものにしようとしてきたのと同じで。
とりあえず『一緒に』という点だけでも伝えたかったし、その点を了承してほしかったということだろう。それに一人で決められることでもないのだし。
フンワリはしていたけれど、游太にとってもやぶさかではない。一年生から一緒にいたのだし、恋人としては一年ほどの交際でも、短い付き合いではない。
ちゃんと『隣にいること』も確立しつつあったし、それがうまく噛み合っていて心地いいことももうじゅうぶんわかっていた。
よって「じゃあ考えてみるか」ということになり、あれそれ検討することにした。
様々な企業を見て就活はした。けれどほかの方法も模索した。
具体的には起業である。大学出たてのハタチそこそこの身では起業なんて夢のまた夢のようだと游太は思ったし、あまり現実味のあることだとは思えなくて、そこはなんとなくしか考えていなかったのだが、四年に入った頃。
自宅に呼び出してきた弘樹に真剣な顔で、大量の資料や未記入の契約書、あるいは参考書などを並べられた。
「カフェを出すのはどうだろう」
その大量の紙や本は言っていた。弘樹が真剣であることは勿論、既にあれそれ算段を整えつつあることを。游太は「またまた」なんて茶化すことなどとんでもない、目を丸くして話を聞くしかなかった。
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