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第13話 調子に乗って失敗した
失敗した。
グラグラ揺れる視界に気がついた時は、限界超えてた。
気をつけていたのに。
四月で春の陽気だとは言っても、まだまだ、冷えは残っている。
特に、作業している蔵の中なんて、まだずいぶんと冷んやりしていて作業していると体が冷える。
毎日の風呂がホントに気持ちよく感じられるもんだから、気をつけなくちゃと思っていた矢先にこれだよ。
撮影用のライトを導入したから、ライトの熱で意外と上半身が熱くなっちゃってたのも、油断の原因。
珍しく汗ばんだりしたことで、気温が上がっているって勘違いしてしまった。
初めての作業は面白くて、目の前にあるのはお宝の山で、そんなこんなの色々で、ちょっと加減を間違えた。
「……ぅえ」
寒気を感じる間もなく、熱があがったらしくてグラグラがぐら~んぐら~んになって、目が回る。
片付けかけていた手を止めて、目を閉じた。
気持ち悪い。
作業用にと置かれた畳の上で、丸くなる。
ヤバい。
これはマジで本格的にヤバい。
このままじっとしていて収まればいいけど、収まる気はしない。
けど、動ける気もしないわけで。
どっかのタイミングで布団に移動した方がいいのはわかっているんだけど、そのタイミングがいつ来るんだって感じ。
うずくまった状態もしんどくて、身体を横にする。
あ。
地球って自転してるんだっけ。
そうそう、結構な高速で動いてるよね、だってほらこんなに揺れてるんだよ。
なんて脈絡のないことを考えてる。
大丈夫。
このままじっとしていれば、動けるタイミングが来るから。
だっていつもそうやってて大丈夫だった。
家族と暮らしていたころだって、自分の部屋のベッドでうずくまっているくらいしかできなかった。
どうしようもないようなことになったら、さすがのあの人たちも病院へ連絡してくれたけど、それまではじっとしているしかなかった。
学生時代はチュンが、大学からはナオが、おれが油断して体調崩したときの面倒をみてくれた。
けど、今は誰もいないから、自分で面倒見なくちゃ。
じっとして、波が去るのを待つ。
それでなんとかなってきた。
だから今回も。
誰かに呼ばれた気がした。
おれを呼ぶ人なんて、限られているのに。
寒いと思っているはずなのに、いつの間にか汗をかいていたらしい。
額に張り付いた髪を、そっとよけて、掌があてられる。
やわらかい、手。
開いた目にはぼんやりとしか物が見えなくて、自分の状態がわからなくなる。
おれ、どうしたんだっけ?
「大丈夫?」
声がする。
ちょっとだけ泣きそうな、声。
大丈夫。
泣かないで。
ちょっと失敗してしまっただけで、休めばすぐに元気になるから。
そう言いたいけど、声がうまく出せない。
「いっくん……? 待ってて、ちょっとだけ待ってて、今、テルちゃん呼んで……」
「いて」
誰かを呼びに行こうとする誰かの手を掴んで、言った。
「ここに……いて……」
「で、でも」
少し声を出すだけで、ずんと体が重くなる。
それでも、掴んだその手には離れないでほしかった。
少しの間でいいから、このまま手を握っていて欲しかったんだ。
「少しの間でいいから、手、握ってて……」
なあチュン。
手を、貸しておいて。
呼びかけて思う。
そうだ。
こういう時に優しくしてくれたのは、チュンとナオ。
そしてナオはもういない。
先月、無事に結婚式を終えたって、いつもつるんでいる奴らから連絡があった。
いい式だったよ、来られなくて残念だったなって。
ホントにもう、ナオにはおれは必要ないんだ。
だけど寂しいから。
少しの間でいいから。
手だけでいいから。
握ってくれるだけでいいから。
それだけで、いいから。
次に目を開けた時は、見覚えがあるような気がする和室だった。
寺でおれに与えられていた部屋ではない。
ぼんやりと周囲を見ていたら、いつかの朝のように、ひょこっと障子からシュンが顔を出した。
ああ、そうか。
ここは関家――テルさんとシュンの家、だ。
「あ……」
「……はよ」
目が合って挨拶したら、ぱあっと顔を輝かせてシュンがでかい声を出した。
「テルちゃーーーーーん! テルちゃん、いっくん、目ぇあけたーーーーー!!」
おう!
何事だ?!
「なに……?」
「いっくん熱出して動かないんだもん、びっくりした!」
「へ……?」
「シュン、声落とせ。往診来てもらって注射は打ったんだけどさ、びっくりしたよ。もう、大丈夫?」
声を落とせと言いつつ、台所の方からテルさんが来る。
珍しくシュンと同じくらい騒がしい声で言われて、体調管理に失敗したんだって思い出した。
「すいません……ご迷惑……」
「ああ、もう、そういうのは治ってからでいいから。とにかく、熱下げよう。目が覚めてよかったよ、ぐったりしてたしどうしようかって、気を揉んだんだ」
説明されて、申し訳なくて穴があったら入りたい気分になる。
だけど、ホントにそんなのはどうでもいいんだって、ふたりが言い募っておれが目をあけたのを喜んでくれているのがわかって、鼻の奥がツンってなった。
熱でぐるぐるしている間に、夢を見たのか勝手に考え込んだのか、すごく寂しかったんだ。
ナオがいないって実感して、ひとりになった気がした。
でも、そうじゃないって、教えられた。
情けなくて恥ずかしくて、でも嬉しいって、思った。
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