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第1話
昼休み、2-Aの沢渡幸生 の隣の席では中学からの幼馴染である森鉄郎 が、パンを片手に意気揚々と言葉を並べている。
「で、話が弾んでさー、そこで美羽ちゃんに《連絡先交換しよう》って言ったらさ、教えてくれてんだよ!」
鉄郎は一年の頃から隣のクラスの山下美羽 に絶賛片思い中で、ここ最近で距離が縮まり始め、現在はいい雰囲気のようだった。
「そっか、良かったじゃん鉄郎」
幸生はニコニコと笑みを浮かべ、その笑顔を鉄郎に向けた。
「幸生が背中押してくれたお陰だよー。ありがとな、幸生!」
鉄郎は嬉しそうに幸生の肩をバンバンと叩いた。
「痛いよ、鉄郎」
(痛いのは肩じゃない……心だ)
幸生の胸がチクチクと痛んだ。
幸生は中学一年の頃から高校二年の今現在まで、この森鉄郎に恋心を抱いていた。
鉄郎とは中学の時、通っていたテニススクールが同じで偶然にも中学が同じであった為、それ以来テニスではダブルスペアを組み、普段も常に行動を共にしている。
幼少期、人見知りが激しく内気な性格だった幸生に、鉄郎は何の躊躇いもなく話しかけてきてくれた。明るく元気な鉄郎は人気者で、いつも鉄郎の周りには人が集まっていた。そんな鉄郎にいつも元気を貰っていた。鉄郎といると楽しくて嬉しくて、こうしてずっと隣にいられたら、と思った。
現在もこの文英高校のテニス部に所属し、ダブルスのペアを組んでいる。
はっきりと鉄郎を好きだと自覚したのは中二の時、鉄郎を思い浮かべて自慰をした事で自分は同性である鉄郎が好きなのだと自覚した。
だが、思いを告げようなどとは微塵も思わない。鉄郎の側に居られれば良かった。思いを告げてもし、嫌悪感を抱かれ鉄郎が自分から離れていってしまうくらいなら、思いを告げず友達として隣にいる事を幸生は選んだ。
高校に入り、同じクラスだった山下美羽に鉄郎は恋をした。話を聞いた時は酷くショックを受けた。だが、思いを告げない事を決心した幸生にとって、鉄郎の相談相手になるのは当然の流れで、当たり前のように女子に恋心を抱いた鉄郎に対して絶望感を抱いた。その時、愚かにも鉄郎も自分を好きになってくれるなどと、心のどこかで期待していた自分に呆れた。
同性である自分に勝ち目などあるわけがないのだ。鉄郎が山下に恋をしていく様を、目の前でずっと見つめてきた。どれだけ鉄郎が山下を好きなのか知っていた。だから鉄郎の前ではいい親友を演じ続け鉄郎の相談にのり、励まし、背中を押した。
(鉄郎の幸せは俺の幸せだ。鉄郎が幸せならそれでいい)
幸生の鉄郎への恋心はこの先もずっとひた隠し、鉄郎の幸せだけを願っていく、そう幸生は心に決めたのだ。
「幸生、鉄郎」
廊下から自分たちを呼ぶ声がし、目を向けると
背の高い男子生徒が不機嫌そうな顔を隠そうともせずそこに立っていた。
御子柴太雅 、同じクラスで同じテニス部である彼は、二年ながらも文英高校テニス部のエースでもあった。
お世辞にも愛想は良いとは言えず、切れ長の目はいつも人を睨んでいるようで目つきが悪かった。
テニスの時はいつもキャップを目深に被っているが、今は黒い短髪と鋭い目は露わになっている。
「今日の部活、監督来れなくて中止」
顔に合った不機嫌な声を漏らし、太雅はそう告げた。
「マジかー」
鉄郎は残念そうに声を上げた。
「伝えに来てくれてありがとう、太雅」
幸生は笑みを浮かべると、太雅に言った。
「……」
太雅は表情を変える事なく、幸生の言葉をそっぽを向け教室に入る事なく、行ってしまった。
「相変わらず愛想も何もねえな、あいつ」
もう既に太雅がいない廊下を目を向けたまま、鉄郎はそう溢した。
「感情表現が苦手なんだろ」
そう幸生は言ったものの、幸生も太雅が苦手だった。寡黙でいつも無愛想。感情を露わにする事はまずなく、いつも冷めた目をしていた。その冷めた目が幸生は怖く感じる事もあった。時折、太雅にじっと見つめられているように感じる事があり目が合うと逸らされるが、あの目で見つめられると全てを見透かされたように気分になり、落ち着かなくなるのだ。
「幸生、今日コート取れたらナイターしようぜ」
「うん、後で電話してみるね」
そう言うと鉄郎はニカッと人好きする笑みを幸生に向けた。
その笑顔が見られるのであれば、許される限り鉄郎の側にいたい。それがずっと《友達》というかポジションであっても。
その日もいつも通り、幸生は部活に励んだ。
鉄郎は最近、片思い中の相手である山下美羽と一緒に下校する為に、部活を休みがちになっていた。
いつもなら隣には鉄郎がいるのに、今は山下と一緒にいるのかと思うと胸がチリチリと痛んだ。
部活が終わり、校門を出たところでウェアを部室に置いてきてしまった事に気付いた。踵を返し部室に戻るとまだ誰か残っているのか、運良く部室の鍵は開いていた。中に入ったが人の姿はなく、ロッカーを開けウェアを手に取ると、テニスバッグに詰め込んだ。
隣の鉄郎のロッカーを見ると隙間からテニスウェアが見えた。開けると鉄郎のテニスウェアがハンガーにかかっていた。
それは、幸生とお揃いで買った青いテニスウェア。いつもこれを着てペアを組んで試合に臨んでいた。鉄郎のウェアをそっと手に取ると、思わずぎゅっと抱きしめていた。
取り残されたお揃いのウェアを見た瞬間、どうしようもなく切なく、涙がポロポロと溢れた。ウェアに顔を埋め、声を押し殺して泣いた。
(鉄郎……)
その時、ガチャリと部室の扉が開いた。
幸生は顔を上げると、汗だくの太雅がこちらを見ていた。無表情の太雅だったが、幸生のその姿に珍しくギョッとしたような顔を浮かべていた。
幸生は慌てて鉄郎のウェアから顔を上げると、誤魔化すように手の甲で涙を拭った。
「お、お疲れ……走ってきたの? 頑張るね」
「ああ、今月は試合多いから」
太雅はいつもの無表情に戻ると、汗だくのTシャツを脱いだ。がっちりとした逞しい上半身が露わになる。
「そっか……鍵はお願いしても大丈夫?」
「ああ、鍵預かってるから」
太雅は制服のシャツを素肌の上から羽織っている。
「じゃ、帰るね。お疲れ様」
そう幸生が言うと、
「お疲れ」
そうぶっきらぼうに返事を返された。
終始、幸生は太雅に目を向けることはなかった。
太雅からその事について触れられる事はなかった。元々無口な男だ。自分から何か話そうとは思わないだろう。
(でも、きっと鉄郎が好きな事はバレた……)
そう思うと気が重かったが、見られたのが太雅で寧ろ良かったと思う事にした。
それからの鉄郎は、昼休みになると二年になりクラスが離れてしまった山下の所にあくせく通い、元々人付き合いが苦手な幸生は一人での昼食を余儀なくされた。
鉄郎の隣にいられない悲しさ。隣で好きな子の話をしていても、あの笑顔が見れるのならばと聞きたくもない話にも耐えてきた。だが、それすら叶わなくなりそうだった。
おそらく二人が付き合うのは時間の問題だと感じた。
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