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第17話

部活が終わると、幸生と太雅は一緒に学校を出た。時折、このまま太雅の家に寄る時もあり、付き合い始めてからの日常であった。  その日は土曜日で部活は午前中に終わり、いつものように幸生と太雅は歩いて帰宅していた。  太雅は午後も練習するのかもしれない、そうとも思ったが幸生は口を開いた。 「太雅は午後も練習するの?」 「ああ、山根たちとする。幸生も来るか?」  幸生は首を振ると、 「練習終わる頃、太雅の家に行ってもいい?」 「ああ、いいけど……」  太雅は少しキョトンとしている。 「三時半までまだから、四時くらいには帰れる」 「……泊まってもいい?」  その瞬間、太雅の顔が真っ赤に染まり、自分でも顔が赤い事がわかるのか、右手で口を覆っている。 「それって……」  太雅は何かを言いかけたが、幸生は遮りように、 「じゃ! また、後でね!」  言い逃げするように、走って行ってしまった。  太雅はしばらくその場に立ち尽くし、小さくなっていく幸生の背中を見えなくなるまで見つめていた。  幸生は、四時ぴったりに太雅の自宅玄関のチャイムを鳴らした。  中からドタドタッと大きな音が聞こえた。 「?」  玄関が開くと、顔を抑えた太雅が姿を見せた。 「ど、どうしたの?」  抑えた顔の下、鼻あたりが赤くなっている。 「階段から落ちた」 「大丈夫⁈」 「大丈夫、少し顔面打っただけだから」  そう言いながらも、顔をさすっている。  中に入り階段を登り、太雅の部屋に足を踏み入れた。もう何度目も来ているのに、まるで初めて来たような緊張があり、落ち着かない。  ベットには、トラ猫のトラ吉がちょこんと座っていた。 「来たよー、トラ吉」  トラ吉を見た瞬間、自然と笑みが溢れ幸生の緊張が解れる。幸生はトラ吉を撫で回し、トラ吉もゴロゴロと喉を鳴らし、あげく幸生にお腹を向けた。 「デビスカップの決勝、録画してあるけど見るか?」 「あ、うん、見たい」  今年の決勝は、幸生と太雅が好きな選手の国が決勝まで残り、その選手の活躍で見事優勝に導いたのだ。  二人はソファに腰を下ろし、録画されて試合を見始めた。  幸生の右手と太雅の左手が少し触れると、太雅は幸生の手を握ってきた。二人は手を繋いだまま暫くはテレビに目を向けいたが、その試合の様子は全く頭に入ってはこない。不意に太雅の左手が外れたと思うと、肩を抱かれ、そのまま太雅の顔が近付いてきて唇を塞がれた。太雅の舌が幸生の舌を捉え、執拗に口内を犯される。キスだけで胸がじんわりと熱くなるのを感じた。  一度唇が離れると、幸生は太雅の胸に顔を埋め、 「俺……もう、ちゃんと太雅の事、好きだから」 そう言った瞬間、太雅の動きが止まった。 「太雅が好きだよ。待っていてくれて、ありがとう」  幸生は恥ずかしくて顔を上げる事ができずにいると、太雅にギュッと抱きしめられた。ぐすりと鼻がすする音が聞こえ、太雅が泣いているのだと分かった。 「本当に俺でいいの?」  幸生がそう尋ねると太雅が何度も頷いている。 「おまえが……幸生がいいんだ……俺は、半端な気持ちで男のおまえを好きになったりしない。ずっと、側にいてほしい」  幸生は顔を上げると再び太雅にキスをされた。 「じゃあ、また抱いてくれる?」 「いいのか?」 「太雅がいい」 「今日は優しくする」  言葉の通り、太雅は終始丁寧に幸生に触れきた。それは、もどかしいと思える程だった。 「太雅……好き、好き…………!」 「好きだ、幸生!」  好きな人に抱かれるという事が、こんなにも気持ち良く、幸せなものだと幸生は知った。 「太雅、俺、今凄く幸せだよ」 「俺もだ、幸生」  何度も啄むキスを繰り返していたが、 「あ、いてっ!」  不意に太雅が顔をしかめた。 「な、何?」  太雅が後ろを振り返ると、トラ吉がソファの縁に座りジトっとした目で自分たちを見ていた。 「猫パンチ食らった」 「トラ吉の?」 「おまえをいじめてると思ったのかも」  トラ吉は相変わらず、じっとりとした目を向けている。 「トラ吉、大丈夫だよ」  そう言うと、トラ吉は幸生にすり寄ってきた。堪らず太雅はトラ吉を抱き上げると、 「邪魔だ、トラ吉」  そのままドアを開けて、トラ吉を廊下に放り出してしまった。  続きとばかりに太雅は幸生に覆い被さり、キスをしようとした、が、 「ぶにゃん! にゃうーん! うにゃー!」  トラ吉の抗議の声と共に、ガリガリガリとドアを引っ掻く音が聞こえ始めた。  その余りにも必死な声に、二人は思わず吹き出してしまった。 「あの、豚ネコめ!」  甘い雰囲気は一匹のトラ猫のせいで台無しだ。  仕方なく、二人は体を離すと太雅はドアを開け、トラ吉を部屋に入れると、すぐさまトラ吉は幸生の膝に乗った。 「おまえ、なんで飼い主の俺より幸生に懐いてんだよ!」 「いつも遊んであげてるからね」  そう言ってトラ吉の顎を撫でている。  不服そうにドカリと幸生の横に座る太雅に、 「夜は長いから、ね」  幸生のその綺麗な笑みに、太雅は照れたように、 「まあな」  不貞腐れた返事を返しながらも、幸生に一つキスを落とした。  (幸せをくれてありがとう、太雅)  太雅の唇を感じながら、幸生はそう心の中で呟いた。

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