33 / 426
第33話
そうして落ち着いたらしい川崎と別れ、山岡はだいぶ遅くなってしまいながらも、日下部の家に向かった。
結局、あの後買い物をする気にもならず、何も買わずに手ぶらになってしまった。
来慣れた日下部のマンションの部屋に上がったら、日下部がもう先に帰っていた。
「ぁ…お邪魔します…」
「おかえり」
先に病院を出たはずの自分が、後に出た日下部に追い抜かれ、家で出迎えられることになってしまい、山岡は申し訳なさそうに頭を下げて、リビングに入った。
「来ないつもりなのかと思った」
リビングのドアを押さえて、山岡を通してくれた日下部は、何だか少し不機嫌なような気がした。
「日下部先生?なにか…」
あったのか、と聞こうとした山岡は、ギロッといきなり睨み据えられ、ビクリと言葉を途切れさせた。
『香水…?男物の…』
ポツリ、と呟いた日下部の言葉は、山岡には聞こえなかった。
「く、さかべ、せん…せ…?」
グイッと、何の予備動作もなく腕を掴まれ、山岡は怯えを見せて日下部を見上げた。
「どこ行ってたの?」
「え?あ…、デパートに…」
「1人で?」
「はぃ」
「何買ったの?」
「ぁ…その、何も…」
ストンと俯く山岡に、日下部は言いようのない怒りが湧くのを感じた。
「まさかおまえに、こんな簡単に嘘をつかれるとは思ってなかったよ」
「え…?嘘?」
「デパートに行った?1人だった?嘘つき」
「え…?」
掴まれていた腕をグイと引かれ、ドスの効いた低い声を向けられ、山岡はオロオロと戸惑った。
「人が急変患者と格闘している隙に…」
「日下部…せん、せ…?」
「ただでさえ、治療の甲斐なく亡くなって、無力さに苛々してるっていうのに…」
「ぇ…亡くなっ…」
「昨日の噂の真偽もわからず、それも苛ついているところに…」
言葉通り、イライラと言い募る日下部に、グイグイと腕を引かれ、山岡はヨロヨロとついて行くしかなかった。
「デパートに買い物に行って、何で手ぶらなんだよ?1人だったって言う山岡から、何で山岡がつけないメンズの香水の匂いがするんだよ?すぐわかるような嘘つきやがって…苛つくなぁっ!」
ドタン、バン!と寝室のドアを開け、さらに強く腕を引く日下部に、山岡はただ引き摺られ、寝室に連れ込まれた。
「ちょっ…まっ…」
「あまりナメるなよ?」
完全に目が据わっている日下部に睨まれ、山岡は言いたい言葉が喉に引っかかって出せなくなった。
「っ…」
ドサッとベッドの上に投げられ、バウンドしたところに、すぐに日下部がのし掛かってきた。
シュルッと外されたネクタイが、ひとまとめに掴まれた手首にグルグルと巻かれて縛られる。
「え…?」
わけもわからないまま両手を拘束され、頭上に押さえつけられた山岡が呆然と目を見開いた。
「ふん…」
「っ…」
プチプチとシャツのボタンを外され、上半身が肌蹴られる。ズボンはベルトを抜かれ、チャックも下ろされ、下着ごと強引に足から抜きとられて、ポイッと放り捨てられた。
拘束された手のせいで、肩の辺りにシャツが引っかかっただけの裸にされた山岡は、恐怖と羞恥に目を潤ませた。
「ゃぁ…」
そんな山岡の様子にも構わず、肌蹴た胸の飾りに、日下部の手が伸びた。
右胸をギュッと抓るようにつままれ、左胸には唇が寄せられ、ガリッと歯が立てられる。
「っ…たぃ…」
ズキッと痛んだ胸に、山岡の顔にポロリと生理的な涙が流れる。
「っ、ゃぁ…」
ひとしきり胸の飾りを弄った日下部の手が、今度は下に滑り下りていき、恐怖と痛みに萎えている山岡のペニスを握った。
「ひっ…」
ギュッ、ギュッと乱暴に扱かれ、山岡は怯えて腰を引いた。
それでも逃げることはできず、何度も扱き上げられる。
「っ…」
本人の意思を無視した強制的な愛撫なのに、男の生理は、それでもむくりと反応してくる。
「ぃゃ…」
フルフルと首を振る山岡を無視して手を動かす日下部に、山岡の中心は無理やり勃起させられた。
「舐めろ」
「ぅぐ…」
指を目の前に持ってきた日下部が、言うが早いか、山岡の口に無理やり突っ込んできた。
ピースにした指に舌を挟まれ、グリグリと乱暴に口内を掻き回される。
苦しくて、怖くて、山岡はポロポロと涙を流しながら、日下部にされるがまま、ただ口の中の指を濡らしていた。
「……」
不意に、口からスッと指が抜かれ、ホッと息をついた山岡。
たがそれも束の間、日下部がふと下の方に下がっていく。
「え…?」
いきなりグイッと足を開いて持ち上げられ、露出しただろうお尻の奥に、今しがた口から抜かれた指が、ズッと突っ込まれた。
「い゛っ…」
優しく慣らすなんてしてくれなかった。
ただ唾液を絡ませただけの指が、強引にまだ固い山岡の蕾に突き入れられた。
ピリッと感じた痛みに、恐怖から、山岡の身体が思い切り強張る。
それがわかっただろうに、日下部はあろうことか、性急に2本目を突き入れようとした。
「っ…」
ツン、と入り口に触れた2本目に気がついた山岡は、無理だ、と思いながら、必死で首を振る。
何でこんなに乱暴な真似をされるのか、何で日下部がこんなに怒っているのか、わからなくて怖くて、どうにかなりそうだった。
「力、抜かないと切れるよ?」
不意に、日下部が口をきいた。
けれどそれは、酷薄な響きしかないもので。
「ふぇっ…ぅぇぇぇっ…」
たまらずに、山岡は声を上げて泣き出した。
「何を泣くんだ」
「っ…ごめっ…ごめんなさい…」
山岡の泣き声に、ピタリと動きを止めた日下部。山岡は、わけもわからず、謝罪の言葉を口にした。
「ぅぇっく…ごめんなさい…」
ギリッと奥歯を軋ませて、日下部は泣きながら謝る山岡を見下ろした。
「それは、何に対する謝罪だ」
冷たい、冷たい日下部の声。
山岡は、必死で考えても考えてもわからない答えを、それでも何とか探そうとする。
「っ…ぇぇぇっ…ごめ…」
「……」
「くさかっ…せんせ…怒らっ…て…」
その理由はわからない。ただ、日下部が怒っているから、山岡は謝るしかできない。
「ごめっ…なさ…」
だから、自分の身体を酷く扱うことで、日下部の気が収まるならと、山岡は謝りながら、ふと力を抜いた。
「っ?!」
「ごめんっ…なさ…い」
オレが悪いんだ、と脱力して、何をされても受け入れる覚悟を決めたような山岡の態度。
それを見下ろした日下部が、ハッと理性を取り戻した。
「泰佳…?」
乱暴に突き入れていた指を抜き、脱力したまま泣いている山岡を、そっと窺う。勃ち上がっていた中心は、後ろへの刺激と痛みに萎え、小さく震える身体は恐怖を物語っている。
「泰佳…俺…」
やり過ぎた、と焦りを浮かべた日下部が見えた。
鋭い視線が消え、そっと窺うように自分を見てくる日下部に、山岡は泣きながら、ふと微笑んだ。
「いいですよ…」
「え…?」
「酷くして…いいから…気が済むように…して、くださ…」
震えて泣きながら、そんなことを言い出す山岡。
日下部の目が、ゆらりと後悔に揺れる。
「オレ…なんかの、身体…好きにして…収まるなら…オレ、いいですから…」
まるで、自分の身を生贄に差し出すとでも言わんばかりの山岡に、日下部はギュッと顔を歪めながら、その震える身体を抱きしめた。
「馬鹿…っ」
「日下部…せんせ…?」
先ほどまでの激しい怒りが消失し、掻き抱くように触れてくる日下部に、山岡はぼんやりと首を傾げた。
「千洋…?」
「っ!ごめん、泰佳…。ごめん…オレなんかなんて言わせて…」
後悔を滲ませて震える声を漏らす日下部に、山岡はわけがわからないまでも、ただふわりと微笑んだ。
「好き…です、よ?オレ…千洋が、好き…」
よくわからない。ただ、今、伝えたいと思った。そんな山岡が少し照れながら言った言葉に、日下部がヒュッと息をのんで、唇を噛み締めた。
「ごめん…」
ポツリと言って、日下部は、山岡の拘束していた手を解き、そっと身体を抱き起こし、肌蹴たシャツを羽織らせてやった。
剥き出しの下半身にはふわりと布団をかけてやり、キシ、と音を立ててベッドから立ち上がった。
「千洋…?」
ベッドの下に放り捨てられていたズボンと下着を拾って山岡に渡す。
「ごめん。少し頭を冷やしてくる…」
そのまま踵を返し、リビングへ続くドアへ向かい、パタンとその向こうへ姿を消した。
ともだちにシェアしよう!