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第30話

それからの由紀也と安藤は、心が繋がったといっても普段は何も変わらない日常を送っている。プライベートでは目立たないように2人で飲みに行くこともたまにはあるが、求め合うことも付き合いだしてからはまだ数えるほどしかない。これでは、端から見れば本当にカップルなのかと思われるかもしれない。だが由紀也たちの場合は仕方ない。 ただ変わった点といえば、安藤がプライベートでは由紀也を名前で呼んでくれるようになったことくらい。これは、由紀也がお願いしたことだ。想いが通じたあの日に、安藤に懇願したのだが、その時は聞き入れられなかったし、情事の際のことだったのでまた改めてお願いしたのだった。 また、由紀也も2人きりの時は安藤を名前で呼ぶことを了承してもらっている。 「恭久さん」  そんな2人が付き合いだして3か月余りが経ったある日、安藤の店を手伝っていた由紀也は閉店後に切り出した。 「どうしたの?」 「うん…僕、保育園辞めようと思うんだよね」 「え?どうしたの、急に」  あまりの突然に、安藤は目を丸くした。 「この一か月、かなり考えてたんだけど…恭久さんのために一緒にここを守っていきたいんだ」  あまりの唐突な決意表明に、安藤はますますたじろいだ。 「重い…かな」  由紀也は内心やり過ぎかと少し後悔した。最も、まだ園を退職したわけではないけれど。 「いや、嬉しいよ。でも、本当にいいの?保育士になりたくてなったんじゃないの?」  今2人は、公の場では以前と変わらない関係を保ち、恋人関係だというのは伏せている。それも、正直寂しいし辛い面はあった。でもそれは仕方ないことだし、安藤には言えない。 「うん…園にはお世話になってるし、感謝してるよ。子どもたちだって可愛い。けれど、それ以上に大事なものがあるから」 「保育士続けたままじゃ、やっぱりキツい?」 「ていうか、僕がこっちに集中したいんだ。極めたいとも思ってる」  安藤は一瞬思案顔になった。迷惑だろうかと、由紀也は心配になる。 「ありがとう。でも、今は時期が半端だし陸斗も来年には卒園するから、それから辞めるのでもいいかな。後はここで一緒に稼いでいこう」 「うん!嬉しい。それまで両方とも手を抜かないで頑張るよ」  由紀也がそう言うと、安藤に強く抱きしめられた。 「大好きだよ。落ち着いたら、一緒に暮らそう。本当は今にでもそうしたいところだけど」 「え、本当?」 「うん」 「でも、陸斗くんはどう思うかな…」  心配といえばそこだ。陸斗は由紀也に懐いてくれているけれど、父の男同士の恋人となると、動揺はするだろう。 「大丈夫。陸斗は本当にあなたのことが好きだそうだし。問題ないよ」  それを聞き、由紀也は自分より少し背の高い安藤の顔を見上げた。 「そ、そうなの?」 「そうだよ?いつもたっぷり話しをしてくれるんだ。あなたのね」 「それは嬉しいな。ありがとう」 「楽しみだね。一緒に暮らせる日が」 「うん」  幸せに包まれていると、安藤は由紀也の返事に応えるように、抱きしめる腕により力を込めた。由紀也も安藤の背中に腕を回す。 「こんなに、俺のことを愛してくれるのは、君くらいものんだな。一生離したくないよ」 「離さないで」  安藤との時間が永遠に続けばいいなと、由紀也は切に願った。                               取り敢えず、Fin

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