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メガネは顔の一部じゃない・前編
学年で1番のイケメン榎本は、彼女を作らないことで有名だった。
校則を守りつつも無造作にセットされた黒髪や絶妙に着崩された制服、誰にでも平等に優しいのに芸能人顔負けのその美貌は女子生徒の憧れの的で、榎本に告白する女子は後を絶たない。
なのに榎本は彼女を作らない。
…だからって、オレにチャンスがあると思ったわけでは決してない。
オレは榎本率いるクラスの中心グループとは程遠い根暗なタイプで、仲がいいどころかクラスメイトってこと以外は接点が見つからないくらい他人に近かったし、
クラスメイトだけど正直、榎本がオレのフルネームを知ってるか謎なくらいだ。
だけどオレはどうしても告白しておきたかった。
大して親しくもなかったのに、雨が降ってオレが傘を忘れた時に榎本の傘に入れてくれたことがあった。
弁当を忘れてさらに財布も忘れて途方に暮れてた昼休みに金を貸してくれたことがあった。
みんなが掃除サボってた時に榎本が担当場所じゃないのに手伝ってくれたこともあった。
本当にちょっとしたことばかりだけど、そのちょっとしたことが何個もあって、
オレは榎本にだんだん惹かれていってしまったのだ。
恋をしたことのなかったオレが、それが恋だと気づいたのはやっと最近のこと。
無意識に榎本を目で追っている自分がいることには少し前から気づいていたが、もうすぐ卒業って考えた時に、卒業して榎本と会えなくなるのがすごく嫌だったから。
そして思ったのだ。
このまま卒業して別々の大学へ進んで、もう会わなくなったとしても…オレはずっと榎本を好きなままなんじゃないかと。
榎本以外に恋を知らないから恋の始まりも終わりも分からないオレは、榎本に見事に振られない限り、会えなくなっても一生榎本を好きでいてしまう気がしたのだ。
だからオレは当たって砕けるのはわかってたけど、榎本と会えなくなる前に吹っ切りたくてあえて告白したんだ。
だけどオレの告白に対する榎本の返事は、驚くべきものだった。
「オレも実はすっごい好きだったんだよね…
…その緑のメガネが超やばい。めっちゃ好みだったんだよ!」
そう言ってオレの手をぎゅっと握ってきた榎本の手を、反射的に振りほどきそうになったのはなんでだろうか。
多分オレの目…ではなくオレがかけているメガネを見る榎本の顔が、見たこともないくらい恍惚としていたからだろう。
榎本は極度のメガネフェチだったようだ。
その言葉の後に、榎本から「付き合おう…いや、一緒に住もう!」と持ち掛けられて、意外にもお互いの進学先が遠くなかったので、お互いの大学の間らへんにアパートを借りて一緒に住むようになった。
一緒に住むようになって、榎本のことをだんだん知るようになった。
…榎本のこと、というより榎本がどんだけメガネを好きなのか、知るようになった。
ラーメンを食べてメガネが曇るのが愛おしいらしいが、その曇ったメガネを拭くのが好きらしい。謎。
マスクをつけてメガネが曇るのもまた愛らしいらしい。超謎。
そんでもっていい雰囲気になってキスをする時に邪魔になるかなー、と思って外そうとしようもんなら「なんで外すんだよ!」と本気で怒られるし。
お風呂も1人で入る時には何も言われないが、一緒に入ろうとかなった時には曇ろうが濡れようが泡まみれになろうが、自分から外すことは許されない。
寝る時でさえつけたまま寝るか、もしくは榎本より遅く寝て早く起きなければならない。
そして挙句の果てにはキス待ちの顔をされたのでキスしに行ったら、ちゅ…とメガネにキスをされて、そして「キスしちゃった…!」と、オレとキスするときよりも確実に喜び悶えている。
(そこまで好きなのか、榎本…)
榎本のメガネ愛にちょっと引きつつも、そばにいるられることは嬉しかった。
メガネへの執着心はオレには理解できないが、それでも榎本はオレに優しいままだったから。
…だけどオレには、どうしても確認しておきたいことがあった。
「なんでオレなの?他に可愛い子からいっぱい告られてたろ?」
すると、
「今の時代、女子は特に目が悪くてもコンタクトかカラコンばっかりなんだぜ?伊達メガネは結構いるけどさ…伊達メガネでもまぁいいんだけど、でもレンズすら入ってないの!あれは許せないよね~」と、なんか違う話を熱く語られた。
まぁたしかに、イケメン榎本の周りにはカラコンつけたギャル系の女の子が多かったかもしれないが、普通にメガネの子も何人かはいたと思うのに…と思ったが、
「オレは特に深緑か紺で縁の厚めのが好きなんだよね。ワインレッドや黒もいいけど…まーでも断トツは緑!小鳥遊のかけてるのは色も形もほんと最高だよな…!」と、恍惚とした表情でメガネの縁をそっと撫でられた。
榎本のツートップの色的に女子がかけることの少ない色ではあるから、昔から男を意識することも多かったらしい。
そして丁度オレがしてたメガネがドンピシャだったらしい。
そう、オレではなくて、メガネなのだ。
榎本のドンピシャ好みなのは、オレではなくてこの深緑のメガネなのだ。
大手チェーンできっと大量生産されてるであろうこのメガネをかけている人は、いったいどれだけいるんだろうか。
(…理想のメガネをかけてたまたま近くにいたのがオレってことか…?)
いや、まさか。
それだけでオレの告白をOKするはずがない。オレはちゃんと好かれているはずだ。
そう思ってみてもオレはどうしても不安がぬぐえなくて、いい雰囲気になった時にもう一度尋ねてみた。
「…榎本、オレのどこが好き?」
「え?メガネ~」
榎本は笑顔で即答だった。
「メガネ以外で好きなところは?」
「え?何それ~?メガネずっとかけてくれるとことか?」
「……他には?」
「え~?曇ったメガネ拭かせてくれるとことか?」
「……………他には?」
聞けども聞けども、返ってくるのはメガネのことだけだった。
榎本に悪気は全く無いようで、眠れなくなったオレを他所に、隣ですやすやと天使の寝顔を見せている。
悪気がないだけ、余計にたちが悪い。
榎本の好きとオレの好きは、完全に違うものだ。
オレは榎本じゃないといやだけど、榎本は多分、このメガネがあればいいのか、もしくはこのメガネをかけていてある程度似合ってればそれでいいんだ。
悲しいけど、オレはようやく現実を受け止めた。
そして榎本が爆睡しているうちに荷物をせっせとまとめて
「 もう付き合うのはやめにしよう
今までありがとう。
コレ置いてくけど
いらなかったら捨ててくれ
合鍵はポストにいれとくから 」
そう書き残したメモと愛用していた緑のメガネをそっとテーブルの上に残して
オレは2人で過ごしてきたこの部屋を後にした。
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