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変わらないものと変わるもの (完)
「小林君」
女子にそう呼ばれて「なに?」と当たり前のように、オレの前の席の小林彰治 が振り返った。
ちなみにオレも小林という名前だが、女子がオレを呼ぶことはほぼほぼないので、女子に呼ばれても振り返りはしない。
…ちょっとはピクっとなるけども。
オレたちのクラスには小林が2人いる。小林彰治と、オレ 小林優太。
男どもはオレたちを下の名前で呼んでるが、先生たちはフルネームか「大きいほうの小林、小さいほうの小林」と呼んだりする。
女子も下の名前で区別すればいいのだろうが、このクラスにはややこしいことに庄司という苗字の男がいたりして、彰治も結局小林で呼ばれる。
しかしオレは知っている。
女子が陰で、彰治の方を「カッコいい方の小林君」と呼んでいることを。
もしくは彰治を普通に小林君と呼んでるのに対し、オレのことを「残念な方の小林君」や「カッコよくない方の小林君」と呼んでいることを。
席が名簿順で前後になったのはしょうがないと思うが、何かにつけて彰治がオレに絡んでくるもんだから、オレは完全に彰治の比較対象の、彰治を際立てる残念な存在になり下がってしまっている。
イケメンで成績優秀な彰治に対して、平平凡凡なオレ。
そう、オレは平平凡凡なんだ。
決して残念でもブサイクでもない。
…と思ってる。
なのに彰治が隣にいるせいで、女子どもに残念がられて眼中にまったく入れてもらえない。
全くもって不愉快だ。
目の前で女子と楽しげに話す彰治を睨み付けるが、誰もオレを見てなんかないから気づく人間はいない。
「小さいほうの小林ー」
「…なんすかー」
声のした教室の入り口の方に顔を向けると、担任の数学の先生がいた。
「お前数学係だったろ。次物使うからちょっと運んでくれー」
「はーい」と返事をすると、何故か彰治も「じゃあオレも行く」と言ってきた。
「あ?いいから。荷物取ってくるだけだし…」
「え?別にいいじゃん。じゃあね、真美ちゃん行ってくるわー」
そう言って結局彰治はオレの後ろについて教室を出た。
ちなみにオレは今「小さいほうの小林」だが、中学まではオレの方が大きい小林だったんだ。
小学生の頃なんか彰治の方がちんちくりんで大きいメガネかけてて、女子からも男子からもいびられてよく泣いてたのを、オレが助けてやったりもしたんだ。
なのに中学入ったらぐんぐん背が伸びるはコンタクトにしたらイケメンだは…
なんかあっという間に別人に変わってしまった。
それでもオレが助けてやったのに恩を感じてるのか、彰治はオレのそばを離れようとしない。
彰治がそばにいなかったら、オレは比較されることもないと思うのに。
「じゃあこれとこれ、教室に運んどいてー」
「はーい」
先生は指示だけ出すとさっさと数学準備室を後にして、オレと彰治で荷物を持つ。
テキストやプリントが結構かさばっていて、結構な量だった。
「やっぱオレ来て正解だったじゃん。1人だったら2往復しなきゃだよ」
「馬鹿言え。それをここに持てば俺1人で全部持てたし」
「したら両手ふさがってドア開けらんないだろー?」
彰治に図星を刺されて少しイラっとしたオレは返事をせずに出口の方へ向かうが、開けようとした扉の向こう側から聞こえてきた女子の声に、思わず立ち止まる。
「小林君残念だったねー。もうちょっとで誘えるとこだったのに」
「ほんとだよー、アイツのせいだよー!もー!いつも小林君の隣にいてさーほんっと邪魔!」
この学校で女子の噂になるような小林は彰治くらいだから、会話の内容から彰治とオレのことを話してるのだとすぐに分かった。
「アイツも一応小林だっけ?」
「そうそうブサイクな方。同じ小林でも彰治君とえらい違いだよねー。超不釣り合い。小林君はなんであんなのと一緒にいるんだろう…アイツいなかったらもっと一緒にいれるのになー」
扉越しに目の前を通り過ぎていく声。
それでも明らかにオレを批判したその声に、片手が空いていてもドアを開けることはできなかった。
女子の大きい声は彰治にも聞こえただろうが、彰治はオレの横で立ち尽くしているだけで何も言わない。
(別に荷物運びなんかフォローしなくていいから、こういう時こそフォローして欲しいのに…)
オレが俯いたままやり過ごし、女子の声がだんだん遠ざかってだいぶ小さくなった頃、突然彰治はドアを開けて外へ出ると、
「オレが優太といるのは、優太がそんな風に陰口言ったり人を見かけで判断したりしないのを知ってるからだよ。優太がいなくても、そんなことを大声で言ってるような人とは一緒にいたいと思わないから」
少し離れたところにまだいた女子に向かって、大声でそう言った。
「え、嘘、小林君!?」
「やだ、ごめんなさい!」
女子がパタパタと慌てて立ち去る音が聞こえて、シーンと静寂が訪れる。
「…優太、行こ」
「……おう」
少し気まずいまま教材を片手に歩きつつ、さっきの言葉を思い返す。
「…彰治、オレ…そんないいヤツじゃないよ」
「ん?」
「彰治が思ってるようないいヤツじゃないし、オレもあの子たちみたいに…なんで彰治はオレのそばに来んのかなって思うことある。…昔オレが助けてやったのとかに義理感じてんのかなぁって」
女子の言葉を借りて、今まで言えなかった言葉を口にした。
「え?何それ…何でそんな風に思うの?」
彰治の顔をなんとなく見づらくて少し俯いたが、声だけで彰治が驚いてるのが分かった。
「あの子たちが言ったように、オレと彰治じゃ不釣り合いっていうかさー…彰治はもういじめられたりしてないし、むしろ女子とかにめっちゃ人気あるじゃん?わざわざオレといる必要ないのにさ…」
そう言葉にすると、彰治は急に足を止めた。
「わざわざって…何それ?オレは優太といたいからいるだけだよ。釣り合うとか、釣り合わないとか…そんなこと誰が決めんの?」
彰治の言葉に何も返せず、オレも足を止めて動けなくなる。
「…優太がどう思ってようと、オレにとっては優太以上にいい人なんていないよ。…みんな見た目のことでオレをいじめてたと思ったら、イメチェンした途端媚びてきたり…そういうのすごいうんざり。そんなんで人気貰っても嬉しくもなんともないし」
「……そっか」
「でも優太だけは、昔っからなんも変わらないだろ。オレの見た目が変わっても変わんなくても、ずっとオレに対して同じでいてくれる。オレがそばに行ったらまた彰治きた!とか思いながらもオレのこと突っぱねたりしないし、すごく優しいよ」
「……っ」
気付いてたのか!と思わず顔を上げると、彰治は少し情けないような笑顔をこちらに向けてきた。
「…優太が優しいのはさ、オレにだけじゃないって分かってんだ。オレ以外がそばに来たって受け入れてくれるだろうし、オレ以外がいじめられても助けようとするだろうし…そういうみんなに平等なとこが好きなんだけど…でも」
彰治の教材を持ってない方の左手が、オレの空いている右手に触れる。
「優太の1番そばにいるのがオレだったらいいなって思ってるから…オレはいつも優太のそばにいるんだよ」
その言葉にオレは何も言えずに、見つめ返すことしかできなかった。
「…そろそろ行かないと、授業始まんね」
触れていた手をそのまま引っ張られ、人気のない廊下を再び歩き出す。
「………」
「………」
「……なぁ彰治」
「ん?」
「今の告白かと思った。ちょっとビビったわ」
そう言ったオレに、彰治は少し足を遅めてきょとんとした顔で振り返った。
「…え?告白じゃないなら何になるの?」
「……え?」
ぽかんとしたオレを他所に、彰治は何事もなかったかのようにまた前を向き、オレの手を引いて歩き出した。
前を行く彰治を見つめる。
いつも通りに見えるけど、心なしか耳が赤いように感じた。
だけどきっと、オレの顔は彰治の耳よりも うんと真っ赤に違いない。
彰治に握られた右手は、軽く触れられられてるだけだからいつでも振りほどくことはできたのに、
人気のある場所に出て彰治が離すまで、オレはどうしてもその手を離せなかった。
終 2015.1.3
(イケメン小林君×これからは攻にだけもっと優しくなるであろう小林君)
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