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「そういえば、さっきの未成年の話。この国、酒とたばこの年齢制限がないんだって」
「え?」
「中国人から聞いた話だから法律は確かめてないけど、何歳からって決まりがないんだって」
「…そう言われてみれば、路上や店で子供がたばこ吸ったりお酒飲んでたりするの見かけるけど、あれって法律違反ってわけじゃないんだ」
「うん。ちょっとびっくりするよな」
未成年という概念がないらしい。
だから相手がある程度の年齢なら飲み物は酒をすすめてくるのが一般的だ。
「そっか、この国では上野くんも酒もたばこもオッケーなんだ」
そうそう、といって追加のビールを頼む。
「そういえば、長城行った?」
メーカーの二人が行きたいと話していたのだ。
万里の長城はけっこう郊外にあるので、タクシーをチャーターして半日くらい必要という孝弘の説明にさすがに無理かとあきらめ半分の感じだったが。
「時間なくて行けなかったみたい。でも実はおれ行ったことあるんだ。北京着いて3日目かな、中国人スタッフが連れて行ってやるって突然言い出して、車も出してくれて」
「それたぶん、彼らが行きたかったんだろうな」
接待と言いつつ、自分たちが行きたい観光地や店に案内することがよくあるのだ。
「かもね」
祐樹もわかっているようで、苦笑する。
「楽しかった?」
「うーん……楽しいというか、すごい観光地なんだね。一度くらい行ってみたかったからいいんだけど、人は多いし、いらないみやげ物売りがいっぱい来るし、あんまり感動しなかったな。もっとおごそかというか、静かな感じかと思ってたんだ。こう、NHKに出てくるような」
「ああ、わかる。がっかり感がねー」
残念ながらかなり観光地化されているので、そういった雰囲気はまったくないのだ。
「あと中国人観光客がばっちりスーツとかワンピース着てて、しかもすごいピンヒールとかであんな急な階段登ってきたりしてて。みんな一張羅っていうか、気合入った服で来てるからほんとにびっくりした」
くすくす笑いながら、サラミをつまむ顔に一瞬、見とれた。オレンジが強めの照明に長いまつげが影を落として、なんだかとても色っぽく見えたのだ。
祐樹から目をそらした孝弘は、ふと去年行った長城を思い出した。
「静かな長城、行ってみたい?」
長城は観光客がよく行く八達嶺 という登山口のほかにもいくつか入れるルートがあるのだが、アクセスが悪いうえに、外国人向けのガイドブックにはほとんど載っていないのであまり知られていない。
「あるの? そんなとこ」
「バスで片道三時間近くかかる郊外だけど。タクシーチャーターでも半日以上見たほうがいいな。できれば一日かけたほうがいいけど、行く気があるなら案内するよ」
「そんな郊外? 開放地区?」
開放地区とは外国人の立入りが許されている場所をいう。
そうでない場所に不用意に入り込むと公安にスパイ容疑で拘束される危険性があり、外国人は行動に用心しなければならないのだ。
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