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 窓の外は叩きつけるような雨で、確かにこんな雨はめずらしい。  もっと南の方では亜熱帯だからスコールも降るけれど。祐樹の赴任地だった広州や深圳では湿度が高く、夏はじめじめと暑かったし、冬もコートがいらないくらいに暖かかった。  つくづく中国は広い。  二人の世間話を聞きながら、予定よりすこし遅れて昼前に目的地に着いた。  遅れたのは、山にへばりつくような未舗装の道路がこの雨でかなりぬかるんでいたせいだ。すごい勢いで一気に降った雨は昼頃にはやんだけれど、あちこちで水が溢れている。  適当に入った食堂で腹ごしらえをしてから訪問先へ向かう。  訪問先では、初めて迎える外国人に工場長が緊張を隠せない感じだったが、自社製品の説明になると、非常に熱心にいかにこの工場の職人の技術が高いかを売り込んできた。  さすがは商売上手の中国人という感じで、終始圧倒されるトークだったが、確かに職人の腕はよく、日本でも人気が出る商品だと思われた。  買付けするとなると、月に生産可能な数量は、卸値はどの程度かなどの話を聞いて、ひとまず視察を終わらせた。先方は乗り気だったしこれはおそらく商談に発展するだろう。  上海支社の仕事になるなと考え、今の上海には安藤がいるなとちらりと思う。  やり手の安藤のことだから、うまくさばくに違いない。  二ヶ所をはしごして緒方に依頼された視察をこなし、ほっとして帰途につこうとしたとき、運転手がきょうは帰れないと言いだした。孝弘が慌ただしくやり取りしている。 「何が起きたって?」 「土砂崩れだそうです。通ってきた道が埋もれて復旧作業中だそうで、今晩中には戻れないみたいですね」  運転手が肩をすくめた。 「没办法(メイバンファ)(仕方ないね)」  孝弘と祐樹は顔を見合わせた。 「とりあえず今晩の宿を確保して、青木さんに連絡しましょう」  大通りのホテルに行き、一緒に部屋を取ろうかと運転手に訊けば、この町に友人宅があるから泊めてもらえるという。久しぶりに会えてラッキーだと喜んでいた。  ひとまずシングル二部屋を取って、祐樹が電話で青木に事情を説明すると、青木はあしたはオフにしていいとあっさり決めた。  今回の出張は変更が多すぎて休む暇もほとんどなかったのだ。ちょうどいい中休みだと思おうということだ。  まだ夕食には早い時間だったので、下着などを買うためにショッピングセンターに送ってもらい、運転手とはそこで別れた。  靴下を選びながら、あれ、こんなことが前にもあったなと思う。  視線を感じてふと孝弘を見ると同じことを思いだしていたらしい。 「天津のときみたいですね」 「そうだね」   五年前の夏のことだ。

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