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ほどよく酒もまわったころ、青木が孝弘に訊ねた。
「ところで、上野くんは正式に契約ってことでよかったんですよね?」
それに答えたのは緒方だった。
「ああ、7月1日付けで契約だ。ちょうど来月から準備室を作るから、即北京勤務だけど、上野 は平気だろ?」
青木と緒方の会話を耳に拾って、祐樹はうん?と首をかしげて孝弘を見やった。
孝弘は穏やかな笑みで緒方の問いに頷いた。
つまりうちと専属契約を結ぶってことらしい。病院で安藤が言っていた、孝弘とは長い付き合いになるうんぬんはこれかと納得する。
おそらく出張前から正式契約の話は出ていて、この出張が見極めだったようだ。
「いつでも大丈夫です。ていうか、中国にいすぎて、正直どこに家があるのかもわからない感じですよ」
「上野くんて、1年のほとんどは中国って言ってたよね? 日本に家あるの? 実家?」
青木が問いかけながら孝弘にビールを注ぐ。
祐樹は鱧の梅肉和えを口に運び、そういえば孝弘の住所さえも知らないことに気づいて愕然とした。
孝弘について知っているのは、名刺の情報だけだ。
名前とそれから仕事用の携帯番号。
え、まじでそれだけ?
でも実家がどこかも、今の北京の住所も知らない。ていうか、北京に家あるのか?
大学の留学生寮は出ただろうが、そのあとどこに住んでるんだっけ?
「実家は横浜です。でも都内で仕事するときはウィークリーマンション借りてます。時間が読めないというか不規則なんで」
北京研修中に家族の話を聞いたことを思い出す。
父親が再婚して、家にはあまりいたくないようなことを言っていた。あれからすこしは関係改善したんだろうか。
「そうだよな、クライアント次第だもんな。観光案内とかもしてるんだっけ?」
「はい、たまに。中国にいる友人に頼まれてアテンドすることがほとんどです。だいたい買い物かディズニーか温泉かですけどね。買い物はつきっきりになりますけど、ディズニーと温泉は送り迎えだけなんでそんなにガイドすることもないんです」
「そうなんだ。なんか楽しそうだな。うちの仕事より観光客のアテンドのほうがいいなとか思わない?」
「私が対応するのはひと家族とか少人数のグループなんで手が回りますけど、ほんとのツアーガイドだと30人、40人を連れてなんで、とても無理だと思いますよ。毎日そんなんだとぶっ倒れそうです」
「確かに、一人二人でも手に負えないのにな」
食えない中国人に振り回されている青木がぼやく。
「上野はうちで働いてもらうから、観光ガイドなんかしてる場合じゃないぞ」
緒方が笑ってそれをいなした。
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