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第1話 マザの子供たちと禁じられた物語
「あなたたちは、共に、異なる世界へと行くのです」
女神セナは、二人の王に告げた。
「そして、たった一人の花嫁を手に入れるのです。あなたたちの内、花嫁を手に入れた者が、この世界を統べる王となるのです」
そこまで書いたとき、スマホのアラームが鳴って、家を出る時間を告げた。僕は、ペンを置いて立ち上がると、スーツの上着と黒い鞄を手にとって、慌てて戸口へと向かった。
今日は、絶対に遅刻するわけにはいかなかった。
なぜなら、今日は、マザのチャイルドプレイスからやってくる新しい子供たちの入学の日だったからだ。
この世界。
マザが治める常世においては、全ての子供たちは、チャイルドプレイスにおいて育てられる。
チャイルドプレイスとは、マザから生まれた子供たちが成人するまで過ごす場所で、そこで、大抵の子供たちは、人生のパートナーとなる相手をみつけ、約束のリングを交わすのだ。リングには、お互いの生体情報が組み込まれており、一生をその相手と添い遂げることとなる。
普通の人々は、こうして、マザの外の世界へとやってくる。
だが、万に1つ、いや、億に1つの可能性でパートナーのいない子供。希少種と呼ばれる特殊な遺伝子を持つ子供が生まれてくる。
希少種は、生まれてすぐに、マザの元から手放され、同じ、希少種の手によって、育てられることとなる。だから、希少種には、パートナーがいないことが多い。人々の群れから離れて暮らす、希少種は、パートナーと巡り会う機会がほとんどない。
僕、田中 真弓は、希少種だ。故に、25才というこの年齢になっても、いまだに、パートナーがいない。軽く付き合う相手もいない。つまり、いまだに、処女童貞。清い身のまま、生涯を終えることがよくあるのも、希少種の特徴だった。
僕を育ててくれた育ての親である田中 一太郎にも、パートナーは、いなかった。彼は、齢50を越えた今でも、清い身だった。
希少種は、本来、性的な機能を持たない。外見は、皆と変わらないが、成人の義務とされている、精子の提供は、免じられている。なぜなら、希少種は、無精子症のことが多いからだった。そのせいかどうかは、わからないが、希少種には、性欲がほとんどない。そのためもあり、パートナーを持たない者が多いのだ。
その他の希少種の特徴として、体の色素がほとんどないということがある。希少種は、大抵が、アルビノだった。
僕もまた、白髪に赤い目をしている。これが、孤独な者の証なのだと一太郎は、言っていた。
「いいか、真弓」
一太郎は、僕が、成人を迎えた日に僕に言った。
「普通の連中は、ニコイチで人生を送る。だが、俺たちは、一人っきりだ。だから、俺たちは、普通の連中の二倍、賢く、強くなければならない」
僕が、普通の人の2倍賢く、強くなれているのかは、わからない。
とにかく、僕は、15才で成人を迎え、育ての親の一太郎の元を離れてから、今まで、一人で生きてきた。
特に、寂しいとか、思うことはなかった。だけど、この季節。新しい子供たちがマザの元から、この学園都市 昴へとやってくるこの季節になると、少しだけ、一人ぼっちの我が身が寂しく思われることがある。
15才になり成人を迎えた子供たちは、一人前の大人としての教育を受けるためにこの学園都市へとやってくる。学園都市は、世界中に10都市あり、昴は、この第7地区のチャイルドプレイスからやってくる子供たちのための学園都市だった。
僕もまた、10年前に成人したとき、この昴に入学したものだ。そこで、勉学に励んで、僕は、昴の教師となった。つまり、僕は、一生をこの学園都市で送ることとなるわけだった。狭い世界で生きることを甘んじて受け入れられるのは、僕が、もう1つの秘密の仕事を持っているからだった。
僕には、もう1つの名前があった。
それは、僕のペンネームで、立花 紅葉という名だった。
僕は、その名前で禁じられた物語を書いていた。
『神々の地と二人の剣の王』
それが、僕の書いている小説の題名だった。
僕は、これをもう5年間もの間、まだ、大学生だった頃から、雑誌『ファンタジア』に連載していた。
このことは、学園にも、マザにも内緒だった。
もしこの事がばれたら、僕は、ここを永遠に追われることとなるだろう。
僕が勤める学校は、この学園都市でも、ごく、たない中級の高校だった。第3学園と呼ばれるそこは、特にぱっとした能力もないごくごく普通の子供たちが集まる学校だった。天才とか呼ばれる人々の通う第一学園や、特別な才能に恵まれた人々の通う第2学園とは、異なり、社会から何の期待もされていない子供たちが集まっているとされている第3学園だったが、僕は、とても、気に入っている。
この学園に集まる子供たちは、とても、いい子達が多いのだ。
彼らは、それぞれの学園の寮にパートナーと一緒に暮らすこととなる。
僕は、第3学園の寮である朝陽寮の寮長でもあった。
寮生たちに混じって、僕は、学園都市の外苑と中央を繋ぐ橋を渡って、学園都市の中核へと入っていった。学園は、学園都市の中核にあって、学生や教師たちは、そこを囲む、堀の外にある外苑部分から学校へと通っている。
この学園都市は、要塞だった。
外部からの攻撃から学園を守るために幾重にもセキュリティーが張り巡らされていた。それは、マザとその子供たちを害する者たちから、彼らを守るためのものだった。
この世界には、マザを滅ぼそうとする者たちの集団『オイディプス同盟』がいて、マザとその正しい子供たちを付け狙っていた。『オイディプス同盟』の主な目的は、マザからその受精卵を奪うことだった。
今、世界は、マザの支配下にある。
それは、マザだけが子供をなせるからだった。
15才になり成人した人々は、義務として精子の提供をしなくてはならない。そして、その精子を元に次世代の子供たちが作られるのだった。
かつては、この世界にも、マザがたくさんいたのだという。
だが、今は、マザは、世界に10基しかいない。
かつて、世界に多く存在していたというマザは、人と似た姿をしていたのだという。そして、人とパートナーとなって、子を産み育てていたらしい。いつ頃からか知らないが、マザは、数を減らしていき、今に至るというわけだった。
『オイディプス同盟』は、マザから子供を産む力を取り返そうとしているのだという。
否。
彼らは、新しいマザを創ろうとしているのだと、一太郎は、言っていた。
新しいマザというのが、どんなものかは、僕には、わからない。
しかし、噂によれば、彼らが創ろうとしている新しいマザは、パートナーである人の精を受け入れて、自分の体内で新しい生命を育てることができるのだという。まるで、ファンタジー小説の中にでてくるフィメルのように。
ファンタジー小説は、この世界では、禁じられている。
それは、空想上の生物、フィメルが出てくるからだった。物語の中で、フィメルは、マヌと呼ばれる人と交わり、子をなす生物だった。
この人とよく似た空想上の生き物のことを書いた物語は、マザによって禁じられている。にもかかわらず、一部の人々は、その物語を読むことを望んだ。そして、僕のように、その物語を書き綴る者もいる。
もし、学園に、こんな物語を書いていることがばれれば、僕は、この都市を追われるだけではすまなくなるかもしれない。
でも、僕は、この物語を書かずにはいられないのだ。
フィメルとマヌの物語を。
僕が、第3学園に到着する頃には入学式のために、新しく来た子供たちは、すでに、講堂に集まっていた。少し遅れて教師の列に加わった僕に、隣に立っていた黒髪を短くカットした、眼鏡の黒いスーツを来た男が、囁いた。
「遅いぞ、真弓」
「すまない、征一郎」
征一郎、津宮 征一郎は、僕の学校時代からの友人で、同僚だった。彼は、希少種ではないが、パートナーがいない。彼のパートナーは、彼らが成人する前に病で亡くなった。以来、彼は、パートナーを持つことなく、一人で暮らしていた。
僕は、征一郎の隣に並んで、新しい子供たちを見回した。
どの子も、まだ、幼さが残った、かわいらしい子ばかりだった。本当に。僕は、ほほえましく思って、子供たちを見つめていた。
が。
何か、異なる視線を感じて、僕は、その方向を見た。
そこには、他の子供たちから、頭1つ抜け出した二人の少年たちの姿があった。
僕と、その二人の視線が絡み合い、火花が散った。
誰?
僕は、思わず、よろけてしまった。倒れそうになった僕を征一郎が支えてくれた。
「大丈夫か?」
「ああ」
僕は、頭を振ってから、彼らの方をもう一度、見た。
再び、視線が絡み合う。
あれは。
誰だ?
僕と、二人の間に電流のようなものが走り、僕たちの体は、それに、打たれた。
僕の体は、じんじんと、痺れていた。
生まれて、初めての感覚だった。
目の前が暗くなり、やがて、僕は、意識を失ってしまった。
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