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第15話 花嫁の出産と再会
初夏の頃、僕は、子供を産んだ。
おそろしい痛みと、恐怖に襲われる中で、僕は、弱音を吐いた。
「無理・・とても、産めない・・」
「しっかりしろ!真弓」
征一郎が分娩台の上の僕の手を強く握ってくれた。
「お前は、母親になるんだ。がんばれ!」
「真弓先生、頑張れ!」
天音がもう一方の手を握ってくれた。天音の横から奏も、声をかけてくれた。
「先生、しっかり!」
「真弓くん、がんばるんだ!」
理事長も、僕の側についていてくれた。
一太郎が言った。
「真弓、いきんで。子供と呼吸をあわせるんだ。お前の子供は、産まれてきたがっているんだ」
「んぅっ!!」
意識が飛びかけるほどの痛みの後、一瞬の静寂が訪れた。
そして。
元気な鳴き声が辺りに響き渡った。
「真弓、よくやった!元気な女の子だぞ」
「女の子・・」
征一郎たちがざわめく。
おんなのこ?
僕は、遠退いていく意識の中で考えていた。
おんなのこって?確か、前に、征一郎が言ってた異世界には、いるけど、この世界には、いない生き物だったよね?
僕は、一太郎の方へと手を伸ばして言った。
「見せて・・」
一太郎は、体を洗われて、毛布に包まれたその赤ん坊を僕の胸の上へ置いて、僕に見せた。僕の初めて見た赤ん坊は、真っ赤な顔をしていて、まるで小猿のような小さな生き物だった。その僕と同じ白い、柔らかな髪に、僕は、そっと触れてみた。
僕は、この小さな命を、不思議な気持ちで見つめていた。
これが、僕の中で育まれた命。
僕の子供。
そのとき、急に、天音が号泣しだして、僕は、すごく、驚いてしまった。
あの時。
僕が、この子を堕胎するって決めた時。
寮への帰り道で、天音は、僕に言ってくれた。
『俺が、父親になってやるから』
そして、天音は、僕が子供を生むことに決めた時からずっと、僕に寄り添って、僕とこの子を守ってくれた。
もちろん、征一郎と奏、理事長も、僕たちを影に日向に守ってくれた。
「みんな、本当に、ありがとう」
僕は、言った。
「あなたたち、全員がこの子の父親だよ」
「真弓」
征一郎が僕の頬にキスした。
「待ってろ。もうすぐ、この世界の全てを掌握できる。そしたら、三人で暮らそう」
「ああっ、ずるいぞ、グレイザ」
天音が涙を拭いて、顔を上げた。
「真音は、俺の子でもあるんだぞ」
「まおとって何だよ」
奏が天音にきいた。天音がどや顔で言う。
「俺がつけたこの子の名前だ」
「勝手なことを」
理事長が歯軋りした。
僕は、ふっと笑って言った。
「真音、か。いい名前だと思うよ。僕は」
「真弓がそう言うなら、私は、それでいい」
征一郎が言った。
「母子ともに無事なら、私は、それでいい。十分、だ」
こうして、僕たちの子である新しい生命は、『真音』と名付けられた。
「真音・・」
僕は、赤ん坊を抱いたまま、満ち足りた気持ちで眠りに落ちていった。
僕の子育ては、わからないことだらけだった。
異世界では、普通に、『女』が子供を産み、その子を、その子の父親と一緒に育てているのだと、天音たちは、言った。だが、僕にとっては、真音がはじめての子供であり、『女』だった。幸いなことに、この子には、父親が四人もいたし、一太郎もいた。それに、周囲の人々も、皆、協力してくれたから、なんとかなった。でも、とにかく、いろんなことが手探りで、不安と隣り合わせだった。だけど、僕は、一度も、この子を産んだことを後悔することはなかった。
夜泣きされて、僕も、一緒に、泣いた夜もあった。
それでも、一日一日、成長し、その度に、可愛くなっていく真音に、僕たちは、メロメロだった。
四人の父親たちに、猫可愛がりに可愛がられている真音を見ていると、僕は、将来が少し、不安になっていた。こんなに、優秀で、魅力的な父親たちに囲まれて、甘やかされて、この子は、まともに育つのだろうか。ちゃんと、将来、誰かを好きになれるのだろうか。
「愚かな悩みだな、真弓」
一太郎が、僕に、笑って言った。
「心配しなくても、もっと、もっと、大きくなって、年頃になれば、ちゃんと、誰かを愛するさ。お前がそうだったように」
「でも、征一郎みたいな素敵な人は、滅多にいないから」
僕が言うと、一太郎は、苦笑した。
「蓼食う虫も、好きずき、だろう」
そうこうしながら、真音は、すくすくと成長していった。
真音が二歳になる頃には、世界は、征一郎たち、『オイディプス同盟』によってほぼ制圧されていた。僕らは、平穏に、安心して暮らしていられた。
征一郎たちが忙しくて、なかなか、ゆっくりと過ごせないことが唯一の不満だった。
征一郎たちは、世界政府をつくり、そこが中心となって、この世界を動かしていくようになっていた。
天音や、奏、理事長も、この世界政府に関わっていたため、皆、近頃は、この学園都市にも戻れずにいた。
僕は、それが、すごく、寂しかった。
真音もいるのに、なぜか、彼らの不在が悲しかった。
僕の我が儘に過ぎないけど、征一郎は、そんな僕の気持ちに気づいてくれて、世界政府の置かれているイウロペと、この学園都市を繋ぐ魔法のゲートを作ってくれて、毎日とはいかなくても、数日に一度は、戻ってくれるようになった。
征一郎は、よちよち歩きの真音を見て、僕にそっと言った。
「そろそろ、真音に兄弟を作ってやってもいい頃じゃないか?」
「えっ?」
最初、僕は、彼の言っていることの意味がわからなかった。けど、よく考えているうちに、はっと、その言葉の意味に気づいて、僕は、真っ赤になってしまった。
でも。
最近、僕も、真音に 一緒に遊べる仲間がいたらいいなと思っていたんだ。
僕は、征一郎に頷いた。
「今度は、征一郎の子供が、いい」
「真弓」
征一郎が僕に、キスした。僕は、キスを受け止めてから、言った。
「待ってて。真音を一太郎に預けてくるから」
「ああ」
征一郎が僕の頬に口づけして言った。
「待ってるよ」
僕は、第3学園の寮のすぐ近くに住んでいる一太郎の家に向かって、真音を抱いて歩いていった。この頃は、もう、真音も重くなってきたから、長い距離を抱いていくのはきつくなってきていた。僕は、途中で真音を下ろして休みながら、一太郎の家を目指した。だけど、つい、頬が緩んでしまう。
征一郎。
僕は、微笑んだ。
今夜、征一郎に抱かれる。
あの日。
新崎に拐われて以来、僕は、征一郎たちには、抱かれていなかった。
「征一郎」
僕が呟いたときのことだった。
「まま」
「何?真音」
僕は、真音のことを抱き上げ、真音が指す方を見た。
陽炎が揺れていた。
暖かな陽光が陰っているように思われた。
僕は、誰か、助けを呼ぼうと思ったが、声が出なかった。
「待たせたな、田中 真弓」
「あっ・・あぁっ・・」
僕は、目の前に彼がいることが、信じられず、ただ、金縛りにでもあったかのように、動くことができずにいた。僕の腕の中に抱かれた真音が僕の頬に触れて、小さく呟く。
「まま?」
逃げないと。
僕は、彼に背を向けようとしたが、体が思うように動かなかった。彼は、僕の方へとゆっくりと歩み寄ると言った。
「久しぶりだな、我が花嫁よ」
それは、数年ぶりに見る新崎 彰の姿だった。
どことなく、疲れた様子で、少し、やつれた新崎は、不敵に笑って、その手を僕の頬へと伸ばし、触れた。
「言った筈だ。お前は、私のものだと」
「あ・・あっ・・い、やっ・・」
僕は、彼に触れられて、鳥肌が立っていた。真音が、激しく泣き始め、僕は、はっと、正気づいて、彼に背を向けると走り出した。
逃げなきゃ。
はやく。
ああ。
だけど。
僕の体は、僕の気持ちを裏切って、歩を止めた。
「探したぞ、我が花嫁よ」
新崎の声が、僕に近づいてくる。
「あの連中は、お前のことを幾重にも結界を張って隠していたからな」
新崎の手が、僕の背後から伸びてきて、僕の髪に触れた。
「やっと、見つけた」
新崎が僕を後ろから抱き締めて、囁いた。
「私の、花嫁」
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