3 / 31

人生、それぞれ〈彩人目線〉・前

おはようございます、餡玉です。 前話のコラボ小咄の中にミスがありましたので、一部修正しております! もう読んでくださった方も多いかと思います、申し訳ありません〜〜!(滝汗) 前々話『危険な寝相』の中で、「えっちはご無沙汰感」が出ていたのに、コラボ話の中では「めっちゃやってます感」が出てました。コラボ話のほうは完結より前に書いていたものなので温度差があり、今回そこを修正してアップしたと思っていたのですが、修正できていなかったようです。。 もっとのんびりまったりイチャラブ書きたいので、前話のそういう描写はカットさせていただきました。申し訳ありませんでした〜(;´Д`A ```     ˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚ 「あ、あのねアヤトくん。良かったらこれ……」 「ん? 何ですか?」  彩人の前に、渋い光沢のある小さなショッピングバッグが差し出された。袋を手に取り、そっと中身を取り出してみると、飴色に磨かれた小さな小箱が姿を現す。蓋を開けてみると、中には腕時計とピアスのセットが収まっていた。 「うわぁ……すげぇカッコいい時計、ピアスも。これ、俺に?」 「あッ、う、うん。アヤトくん、いつもいい時計してるから、好きなのかなと思って。いや僕もね、息子がいたらこういうものをプレゼントしたいなって思ってたんだけど、ほらうち三人とも女の子だから、こういうメンズのかっこいい時計ってなかなか選ぶ機会がなくてね」  と、頬を赤く染めながら早口にそう語るのは、月に一、二度こっそりと『sanctuary』に訪れる壮年男性だ。矢野のところの会社役員に連れられ来店するようになった、大手機械メーカー社長・澁谷拓郎である。 「こんな高価な時計……いいんですか?」 「あっ、ぜんぜん、ぜんぜんいいのいいの!! 僕もね、ここでアヤトくんと美味い酒が飲めてすごく楽しいし! ほら、キャバクラとかだとさ、娘と同い年くらいの女の子たちばかりでしょ? なんかこう、ついつい説教臭くなっちゃうっていうか、なんとなく気が抜けなかったんだ。だからアヤトくんと飲むの、おじさんすごく楽しくて本当感謝してるから」 「わあ、嬉しいなぁ。俺も拓郎さんと飲むのすごく好きだよ。ありがとうございます」  そう言って彩人がにっこりと微笑むと、澁谷の顔がデロデロととろけてゆく。  澁谷は控えめなところのある温厚な男で、友人に連れられての初来店の日はひどく緊張していたものである。忍に『アヤトが合いそうだね』と言われて接客に入り、澁谷の気持ちをほぐすよう心がけながら、ゆったりとしたペースで酒を飲み交わした。  家庭では妻が強く、三人いる娘たちもまた全員気が強い。結託した女四人と男一人。昔はかわいかった娘たちは全員父親に素っ気なく、寂しくてたまらないのだという。  妻の趣味で壁紙からソファのカバーまで花柄に飾られた家は落ち着かず、家庭内に居場所もなく、単なるATMとして扱われている雰囲気がやりきれないのだと、澁谷は語った。  自宅で女たちに虐げられて(?)いるせいか、キャバクラやラウンジなどで女性から接待を受けてもリラックスはできないし、むしろ疲れる。そんな中、友人から聞いて訪れたこの店で、ようやくゆっくり寛げるようになった――という哀しき父親だ。  そんな澁谷の弱音を受け止め、励まし、仕事の話を聞きながら酒を飲むうち、澁谷はすっかり彩人を気に入ったらしい。彩人を見つめる眼差しはしっとりと熱いが、立場もある上にヘルプのホストも席についているため、身体的な接触は一切してこない。彩人にとっても、接しやすい男客である。 「ふふっ、君だけだよ……僕を名前で呼んでくれる人なんて」 「奥さんには、なんて?」 「そうだねぇ。パパとか、あんた、とか……もう僕の名前なんて忘れてんじゃないかな……あはは……」 「そんなことないですよ。長く連れ添ってるから、拓郎さん、て呼ぶのが照れくさいんじゃないかな?」 「そう、だろうかねぇ……」 「奥さんのこと、下の名前で呼ぶんですか?」 「いや……呼ばないねぇ。おいとかねぇとか、……ママ、とか」 「じゃあ、拓郎さんも奥さんのこと、名前で呼んでみたら?」 「ええ〜〜? いやいやいや、あっはっは、そんなの、今更ねぇ」  と言いつつ、どこか照れ臭そうな澁谷である。そうこうしている間にタイムアップとなり、彩人は澁谷の席を離れた。  ――空もでっかくなったら、俺に素っ気なくなんのかなぁ。  現在すでに壱成びいきであるとはいえ、『にぃちゃんにぃちゃん』と寄ってくる可愛い弟だ。だが、空が思春期を迎える頃はどうだろう。口をきかなくなったり、反抗的になったりするのだろうか。……想像するだけでかなしい。 「ハァ〜〜……切ねぇよなぁ、父親っつー生き物はさぁ」 と、バックヤードのソファに腰を下ろしながらしみじみそう言うと、隣に座っていたマッサが心底めんどくさそうな顔をしてこっちを見た。 「は? 何の話やねん」 「いやさぁ、空が思春期になったら俺も邪険にされんのかなーって」 「いやお前パパちゃうやん」 「似たようなもんじゃん? どーしよ俺、耐えられっかな」 「知るか。ちゅーかなんでいっつも俺の隣座んねん。向こう行けや近いねん暑苦しい」 「言い過ぎじゃん?」  実際、広々としたソファはがらんとしているのだから離れて座ればいいようなものなのだが、ここ最近マッサとはぐっと親しさがアップした(と、彩人は思っている)ので、ついついそばに寄って行ってしまう。  マッサはふと、彩人が手にしている紙袋に目を留めた。 「お前、また貢がせたんか」 「いやいや、言い方」 「それ……多分五百はすんで」 「え、まじ? 高そうだなと思ったけど、初めて見るとこのだから分かんなくて」 「ま、大企業の社長サンやし、痛くも痒くもないんやろけどな」  そう言って、マッサはふんと鼻を鳴らした。かく言うマッサも、身に付けている時計や指輪は全て女性の太客からのプレゼントだ。男らしく筋張った手や、骨太な手首に似合うアクセサリーの数々は、ギラつくマッサの容姿によく似合う。 「せっかくのプレゼントだよ、大切に店で使うって。ピアスもほら、すげぇ綺麗」 「でっかいダイヤやなぁ。こんなん似合うんお前くらいやろな」 と、物珍しそうにピアスを摘み上げるマッサである。彩人はハッとして食いついた。 「えっ、なに? 今俺のこと褒めた? こういうの似合うって褒めた?」 「はぁ!? 別に褒めてへんやん。客観的な意見言うただけやし」 「も〜〜何だよマッサ! お前もツンデレなのかよっ!」 「はぁ…………最近おまえ機嫌良すぎてマジうざい」  マッサの限りなくめんどくさそうな顔を見て、彩人は「え、そう?」と首を傾げる。  自覚はなかったが、確かに最近体調はいいし、仕事も楽しい。ナンバー2のイケオジホスト・葛木にも『そろそろナンバー2の座を奪われそうだなぁ、ハッハッハ』などと言われるほどだ。彩人はソファに座り直して脚を組み、腕組みをした。 「……確かに俺、最近すげー調子いい」 「改まって言うことかい」 「いやさぁ、壱成と一緒に住むようになってから、なんかめちゃくちゃ毎日楽しいっつーか」 「……ん? 一緒に暮らしてんの?」 「うん、そーなんだよ」 「ほーん。ほな、一緒に子……弟育てするってことか?」 「うん。えへっ、そーなんだよ」  その話題になると、ついつい顔がへらっと緩んでしまう。それを見たマッサはまたいっそう生温い顔つきになったものの、「なるほどね」と言って頷いた。 「まぁ、良かったんちゃう? ホストがあんなちっさい子育てるとか無理やろって思ってたとこやし」 「え? 何? そんなに俺のこと心配してくれてたの?」 「お前の心配ちゃうわ、その……空くんやっけ? そっちの心配してたんや俺は」 「えええ? マッサなに、すげぇ優しいじゃん!! 俺感動したんだけど!」 「あ〜〜もう寄ってくんな近いねんウザい」  マッサの優しさについ気分が高揚して、ぐいぐい距離が縮まっていたらしい。マッサの渋い顔などお構いなしに、彩人はマッサの肩をバシバシと叩いた。 「ねぇ今度うち遊びに来る? 空に会ってやってよ、壱成も喜ぶと思うし」 「はぁ? 何でやねん」 「次いつオフ? 来週どう? あ、デートの予定とかあるんだったらその次でも」 「だから行かへんて。デートもせぇへん!」  マッサがやや大声でそう言い放った瞬間、「おつでーす」と言いながらバックヤードに入りかけていた如月レイヤがギョッとした顔をした。そして、ソファに密着して座っている二人を見て悟ったような顔になり、「あ、すんませ〜ん。ヘルプ行ってきまーす」と去って行ってしまった。 「……オイ、なんや誤解してんぞレイヤのやつ」 「まぁ……いいんじゃね」  二人は顔を見合わせた後同時に立ち上がり、それぞれのロッカーの前で着替えを始めた。マッサはシャツも着替えるらしい。鍛えられた背中は広く、彩人から見ても頼もしいほどだ。 「前も言うたけど、俺は彼女とか作らへんし」 「ああ……うん。そーだったね、ごめんな」 「いや、別に謝らんでええけど」  バタン、とマッサがロッカーの扉を閉める。次の客に合わせて時計とピアスを付け替えながらそちらを見ると、マッサはどこか遠い目をしていた。 「どした?」 「……高校んときは、彼女いたんやけどな。相手はけっこうなお嬢さんで、かなりぐいぐい積極的に来られて」 「へぇ……そうなんだ」 「めっちゃ好き好き言うてくるから、俺も満更ではなかったんやけど。俺んちが貧乏なこととか、じーちゃんばーちゃんと暮らしてることとか知った途端、す〜〜って引いてくねん。思ってたのと違った、私たち合わないと思うってな、一方的に」 「……はぁ? 何それ、ひでぇな」  彩人の言葉に、マッサの唇が小さく歪む。自嘲気味な笑みだった。 「ま、女なんてそんなもんやろ。俺、中学までは結構成績よくてさ、推薦で身の丈に合わへん進学校入ってん。学校は楽しかったし、ええやつもいっぱいおった。けど、結局バイトとか家の手伝いしとったら勉強ついて行かれへんくなって、大学は行かへんかった。金かかるし、大学行ってまでやりたいこともなかったしな」 「……そーだったんだ」 「って、なんでお前にこんな話してんねやろ。アホくさ」  マッサは気を取り直すようにため息をつき、さっさとフロアの方へ戻っていく。だが、ふとしたように足を止めて、横顔で彩人を振り向いた。 「お前は、良かったな」 「え?」 「俺、もう行くで。とっととフロア戻れよ」 「あ、うん……」  颯爽としたマッサの背中が目の前から消え、彩人は小さくため息をついた。  暑苦しいほどの自信に満ち溢れていそうな顔をしているくせに、聞けば聞くほど、マッサもいろいろと抱えているものがあるらしい。 「いい(やつ)なのになぁ……」  複雑なものを感じずにはいられない。鏡の前でジャケットを羽織り直しながら、彩人はそう呟いた。

ともだちにシェアしよう!