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四月の嘘 (完)
「…邦光、別れたい。他に好きな人できた」
いつも通り自分のアパートに邦光が遊びに来て、夕方いつも通りテレビを見ていた時だった。
オレはいつもと違い、正座をして少しかしこまってからその話を切り出した。
いつも通りの定位置でテレビを見ていた邦光は、顔だけこちらに向けてから今度は体ごとこちらへ向き直した。
「好きな人…オレ以外に?」
「…うん」
見たことないほど真剣な顔をした邦光に、心臓がバクバク音をたてる。
躊躇いながらも邦光の目を見てしっかりと頷くと、邦光はゆっくりとまばたきしてから視線を床に落とした。
「…わかった。別れよう」
ほんの少しの間だけをおいてすぐに返されたその言葉に…オレが感じたのは、安堵ではなく焦りだった。
「え…」
「…じゃ、帰るわ。今までありがとな」
「え…ちょっ…!」
立ち上がり玄関へ向かおうとする邦光の腕を慌ててグイっと引き留める。
「ちょっと待って!今日エイプリルフールだから!嘘だから!!」
オレの言葉に邦光は足を止めたが、振り向いた顔は真顔のままだった。
「……で?」
「え……?」
いつも明るい邦光の真剣な顔と声色がやけに怖く感じて、口を開いてみたものの謝罪の言葉も何も出てこず、目をただうろうろと彷徨わせた。
「エイプリルフールだったら、どんな嘘でも言っていいと思ってんの?
嘘ってのはな、誰かを守るためについて、つき通すんだったらいいんだよ。誰も傷つけない嘘ならな。だけど誰かを傷つけるためにつく嘘なんか最悪だ。
…お前はその嘘で、オレが傷つくと思わなかったのか?他に好きなヤツできたって言われて、傷つかないとでも思ったのか?」
「……っ」
その言葉を聞いて息を飲む。
…オレは邦光が、傷つくと思ってた。
ショックを受けて、別れたくないって、そう言ってくれるって、そう思って…
なのにオレは邦光に嘘をついた。
ただただエイプリルフールだから、冗談で済ませると思って。
「……ごめん」
申し訳ない気持ちでいっぱいで、目を見れずに視線を床に落とすと、
邦光の足が動いて、オレの方へ体を向けたのが見えた。
「今更ゴメンとか言われても無理だから。冗談だとしても、そういう嘘つくヤツとはもう付き合ってけない」
邦光のその言葉にはっと顔を上げると、オレを睨みつけるようにしながら邦光はオレの腕を振りほどいた。
「………じゃあな」
「………っ」
邦光はその言葉を残して、本当にオレの部屋を後にしてしまった。
(……あんな邦光の顔、初めてだった)
いつもおちゃらけて、底なしに明るくて、みんなのムードメーカーで…オレのことが大好きで。
そんな邦光が、あんな悪意に満ちた顔をオレに向けるなんて…
(…オレは、それだけのことをしたんだ)
いくらエイプリルフールだからって、邦光がいつも笑って冗談につきあってくれるからって。
ついてはいけない嘘だった。
誰よりも大好きで、傷つけてはいけない相手だったのに…
今更それに気づいても、何もかも遅すぎた。
慌てて追いかけてみても邦光の姿はどこにもなく、電話をかけても出てくれることはなかった。
翌朝、休日なのに早い時間に携帯のアラームが鳴る。
泣き腫らした重たい目をなんとか持ちあげ、アラームを消す。時間は7時半だった。
本当なら、今日は朝から邦光と出かける約束してて。だから休みの日なのに早めの時間にアラームをつけたまんまだった。
…そんなことを思い出して泣きそうになりながら携帯を見ると、邦光から電話は返ってきておらず、送ったメッセージも未読のままで。
堪らずはー…と溜め息をつくと、視界がじわりと涙で滲んだ。
(本当に、終わったんだ…)
終わった。
終わってしまった。
オレがロクでもない嘘をついたばっかりに。
昨日散々泣いたのに、また馬鹿みたいに涙が溢れだす。
体を起こす気にもなれなくて、布団の上で寝転がったまま頭を抱えた。
ピーンポーン
嗚咽が出そうになった瞬間に、突然玄関のチャイムが響いた。
(…誰だよ、こんな時に)
涙は出始めたばかりで止まりそうもなく、とても出られる状態じゃないのに。
…居留守を使おう。
そう思ったその時に、もう1度ピーンポーンとチャイムの音が鳴り響いた。
(…また鳴った…)
母さん来るとか言ってたっけ?
いや、そんなん言ってなかったはずだ。邦光と遊ぶ約束してたんだから、ほかに約束なんて…
そんなオレの考えを遮る様に、ピーンポーン、ピンポーンとまたチャイムが鳴った。
「もうまじでなんなの…!」
あまりのしつこさに、布団から飛び起きる。
起ちあがって玄関へ向かうが、その途中でもまたピンポーンと鳴っていた。
「…はい!」
若干キレ気味で玄関を開けると、
「…お前、出るのおっせーよ」
そこにいたのはなんと、邦光だった。
「…え、なんで?」
予想外の出来事に、また邦光に会えた喜びよりも驚きの方が強く、謝罪の言葉も何も出ずに固まる。
「え?だって約束してたじゃん。今日は朝から遠出しよって」
そう言いながら邦光は、当たり前のようにオレの横を通り抜けて部屋へと上がっていった。
「え…でも昨日、オレとはもう付き合えないって……電話も…」
若干パニクりながらも邦光の後に続いて部屋に戻ると、邦光が消えたままだった電気と、テレビのスイッチを入れて振り返り
「あ、だって昨日エイプリルフールだったろ?あれ、嘘だから、嘘。」
そう言って悪戯気に笑った。
その言葉と邦光の笑顔に、オレは嬉しさと共にとてつもない怒りも込み上げてきて
ついてはいけない嘘があるのだと、心の底から思い知った。
終 2016.4.1
「もうあんな嘘はつくなよ?」
「邦光。その言葉、そっくりそのまま返すわ」
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