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呪文の言葉・後編 (完)

20時になり、今いた店を一旦あとにして、二次会に参加するものとそうでないものとに分かれることになった。 淳平たちは二次会に参加するようだが、オレは飲みすぎたし…1人になりたいのもあって、先に帰ることにした。 「大丈夫か?お前ほんと飲みすぎてたし…オレ、送ってこうか?」 淳平がそう聞いてくると、さっきオレたちのグループにいた数名がヒューヒュー!とまた冷かしてきた。 「…大丈夫だよ、家近いんだし。まっすぐ歩けてるだろ、ほら。」 そう言って歩いて見せると、まっすぐには歩けたがいつもよりもゆっくりにしか歩けなかった。 「…じゃあいいけど。気を付けろよ?家ついたら一応連絡しろよなー。あと具合悪くなったらすぐ連絡しろ」 そう言われ、「わかった、わかった。みんなまたな、元気でな」と返事をしてみんなと分かれた。 火照った体と頭を冷やしながらとぼとぼと歩く帰り道。 (やっぱり、参加しなきゃよかったな…) こんな暗い気持ちになるんなら、成人式終わって楽しいうちに帰っとけばよかった。 参加しなかったら、参加しなかったから話もできなかったと言い訳ができたのに。 …そう考えたところで、なんで自分に対して一生懸命言い訳探してんだと、また気持ちが沈んだ。 (参加したのがいけないんじゃなくて、オレには一歩踏み出す勇気がなかったのがいけないのに…) は―――…っと長い溜息を吐きながら、のんびり動く足元を見つめると、聞き覚えのある声に声を掛けられた。 「田形…!」 声のする方へゆっくりと振り返ると、そこには息を切らした吉良がいた。 「吉…良…?」 (え…?なんで?夢か?) そう思いながら呆然と吉良を見つめると、吉良は息を整えながらゆっくりと近づいてきた。 「…帰っちゃうって知らなくって…二次会行くかと思ってた。…一緒に帰ってもいい?」 ごく自然に、何のわだかまりもなかったかのように話しかけてくる吉良に、 「え…あぁ…うん…」 と、オレはどもった返事しかできなかった。 返事を聞いた吉良は少し笑ってからオレの隣に来て、ゆっくりと一緒に歩き出す。 「……」 「……」 せっかく話す機会ができたのに、どうしたらいいんだろう。 酔って回らない頭で考えるのはあの事ばかりで…でも最初からあの事を切り出していいのか、オレには判断がつかなかった。 「……あの時のこと…ごめん。ずっと、謝りたかったんだ」 切り出したのは、吉良の方だった。 吉良もやっぱり、あの時のことを気にしていたのか。 あの時、というのは、ちょうど2年前…高校3年の夏頃のことだ。 その時が来るまで、オレと吉良はまぁまぁ仲良いい方だった。 クラスのなかでは多分淳平の次くらいに仲良かったと、オレは勝手に思っていた。 だけどあの日…忘れ物を取りに帰った教室で、1人残っていた吉良が何か言葉を口にしているのが聞いこえてきたのだ。 扉の外にいた時は何を言ってるのか分からなかったが、ドアを開けた瞬間に聞こえたのは 「オレは田形なんか大嫌いだ」という言葉だった。 オレはその言葉にビックリしたが、急に扉が開いて振り返った吉良は、オレよりももっと驚いた顔をしていた。 「……今の、何?」 そう吉良に聞いても、吉良は何も答えてはくれず、バツの悪そうな顔をして走り去っていってしまった。 それから、お互いになんか気まずくなってしまって、ロクに会話もないまま卒業を迎えてしまった。 だからずっと、オレはあの日のことが胸に引っかかったままだった。 「ううん…何て言っていいかわかんないけど、オレも、ごめん。…オレもあの時のこと、ずっと気になってたんだ。オレ勝手に、吉良とは仲良いって思ってたからさ…吉良は嫌だったのにオレが勝手に絡んでたのかなとか、ちょっと反省してた。オレってほら、時々空気読めないとこあるしさ…」 久しぶりとの吉良との会話に緊張して、さっきとは裏腹に無駄に動くオレの口。 そんなオレに吉良は呆れたりしなかったが、少し悲しそうに微笑んだ。 「んーん…そうじゃない。田形に悪いところはなんもなかった。あれは、田形が嫌いだから言ってたんじゃないんだ。呪文みたいなもんでさ…まさか田形に聞かれるなんて思ってなくって…」 「呪文…?」 (呪て何?開けゴマ、みたいな…?) 吉良の言った言葉の意味が分からなくて、どんな意味があるのか、回らない頭で必死に考える。 すると露骨に分からないと顔に出てたのだろう。吉良がふっと優しく吹き出して笑った。 「呪文って言っても、変な呪文じゃないよ。ああやって自分に言い聞かせてたんだ。オレは田形が嫌いだ、大嫌いだーって…」 吉良がおえの顔を見ながら優しく説明してくれたが、オレにはその説明の意味がよくわからなかった。 「え…何それ?なんのためにそんなことしてたの?」 そう聞くと、吉良はゆっくりと前を見据えてこう言った。 「…オレ、あの頃、田形のことが好きだったから」 「……っ」 本日二度目の告白に、思わず息をのむ。 「…なに、それ。嘘じゃなくて?…てか、あれがあったから、オレ、嫌われてたかと思ってた…」 うるさく動く心臓を鎮めるように胸元の服をぎゅっと握っていると、吉良は前を向いたまま話を続けた。 「…オレ、男を好きになったのは田形が初めてだったんだ。中学時代は普通に女子と付き合ってたりしたしさ」 「……うん」 「だから自分が男を好きになったことが信じられなくて。オレら男子校にいたから、ちょいちょい男同士で付き合ってるだのなんだの噂とかあったじゃん?だからそんな雰囲気に流されて近くにいる人を好きになっちゃってるだけで…こんな風に田形を好きと思うなんて気の迷いじゃないかって。この学校出たらきっと普通に女の人好きになるんじゃないかって、そう思ってて…」 「…あぁ…うん」 あの頃オレらの高校では、少数ではあったが男同士で好きだの付き合ってるだの噂もあれば、それは一時的な気の迷いで男子校を出れば普通に女子を好きになるっていう噂も、確かにあった。 「…思ってたっていうよりは、そう思いたかったのかも。…だからこの気持ちは恋じゃないって。田形なんか好きなじゃい。田形なんか嫌い、大嫌いだって…田形のこと好きだなって思うたびに、呪文みたいに繰り返してたんだ」 そう言い終わると、吉良は足を止めてオレの方にゆっくり顔を向けて微笑んだ。 月明かりに照らされた吉良は、居酒屋で見た時よりもより綺麗に見える。 「そう…だったんだ…」 せわしなく動き続ける心臓。音が吉良にまで届いてしまうような気がして、服を握る手に力が入った。 「…だけど失敗だった。呪文なんて全然効かなかった。…あの時田形に聞かれて、これで疎遠になれば踏ん切りつくって思ったけど…あのまんま卒業して残ったのは後悔だけだったよ」 真っ直ぐオレの目を見て放たれるその言葉に、息が止まりそうになる。 「卒業しても、ずっと田形を忘れられなかった。ずっと好きなまんまだった。…あんなことあったから嫌われてるかもしれないけど…もう1度逢えたら、絶対伝えたかった」 オレはすぐに言葉を返せなくて、時が止まったように2人で見つめ合った。 「……オレは、吉良なんて好きじゃない。大嫌いだ」 たっぷり時間をかけてからそう絞り出すと、吉良の顔が悲しげになってオレの胸がズキリと痛む。 「……やっぱり、この呪文、効かないね」 そう付け足すと、吉良の悲しい顔が少し緩んだ気がした。 「…オレ、あんなことあってずっと吉良のこと気になってたけど…吉良のこと嫌いと思ったことは1度もなかったよ。だから今日…理由聞けてすげえ嬉しいの。吉良に好かれてるって知れて、すげえ嬉しい。…さっき淳平に昔好きだったって言われたんだけど…そん時は"気づかなくって申し訳ない"って気持ちばっかりだったのに…吉良に好きって言われるのは、なんかすごい嬉しい」 吉良は何か言おうと口を少し開いたが、何も言わずにまた口を閉じた。 「あの時のことがこんなに引っかかってるのは嫌な思い出だからだって、ずっとそう思ってたけど…でも違ったんだな。多分、オレも吉良のこと好きだったんだな。だからこんなにもずっと吉良のことばっか気になってたんだ…吉良に告白されるまで、全然気づいてなかったけど…」 だってこんなに満たされた気持ちを、オレは知らない。 こんなに嬉しい気持ちを、オレは知らない。 呑気にじんわりとくる胸の温かさに浸っていると、吉良は今度は目を瞠って 「……お前、言ってること、わかってるのか?」と聞いてきた。 「え?…うん。オレ、吉良のこと好きだよ……もしかして吉良は、スッキリしたくてオレに打ち明けただけ?」 完全に両想いモードだったオレは呆然としながらそう聞くと、吉良は慌てて 「や、違う。フラれると思ってたから、スッキリするだけの予定だったけど…でも…田形がよければ…オレのこと気持ち悪いとか思わないなら…また、一緒にいたい」 と言った。 「…気持ち悪いなんて思うわけないじゃん。好きって言ってるのに。なんでそうなるんだよ」 吉良の言葉に安心し、むすっとしながら吉良の手を握ってみると、月明かりでもわかるほどに吉良の顔が赤く染まった。 それから、オレたちは付き合うことになった。 2人とも地元から離れているから微妙に遠距離恋愛なんだけど、電車で1時間くらいだからそこまで遠くない。 …あの呪文の言葉は効かなかったけど、付き合うようになってから、オレは絶対に効く呪文の言葉を習得した。 「吉良のことが大好きだよ」 そう言うと必ず、吉良は面白いくらい真っ赤に顔を染めて そして、笑うんだ。 終   2015.3.22 「…それより淳平の告白って何?詳しく教えてくれる?」 「え?うん……え?」

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